〜Fate GoldenMoon〜 

〜少年の見た夢〜



呆然と、俺は目の前の光景を見つめていた。
心臓を貫かれたアーチャーの胸元が、爆音と共に吹き飛び、大きな穴だけが後には残った。

脇腹を傷つけられ、全身を風に寄って切り裂かれ、そして、その騎士はその場に立ち尽くす。
その顔には、いつもどおりの笑み。余裕綽々と言った感じで、その男は、

「こういう幕引きしか、なかったのかもしれないな――――凛」

俺には到底まねできない、心底優しげな声で、遠坂に微笑む。遠坂は、そんなアーチャーの態度に、もの言いたげに彼を見つめた。
かつてのマスターと英霊、こんな結末が正しかったのか、遠坂は声に出さず、アーチャーにそう、問うてるかのようだった。

「いや、これで良いのだろう。思い返せば、私の道を正せるのは、セイバーでも桜やイリヤスフィールでもなく、凛、君だけなのだろう」
「――――馬鹿げてるわ」
「そう、馬鹿げてるのだろう、だから、君が悔やむ事はない」

その顔には、静かな微笑み。喧騒が止む。剣の騎士はその役目を負え、遠き世界の丘で眠りにつく。
その世界は、一つの男の終焉と共に、終わりを告げようとしていた。世界を支えていた歯車は止まり、魔剣の類はその身を悉く大地へと落ちた。

「悔やむとしたら、私なのだろう。もしあの時、君の誘いを受けていれば、私の進む道は違ったものになったかもしれないな」

独白するように、アーチャーは呟く。それは、俺にとっても過去の事か、それとも、俺にとっては未来である、その男の過去なのか――――、
世界が復元されてゆく。宙に浮かぶ歯車は消え、大地に立つ剣は、眠りにつくかのようにその身を大地へと還る。

そうして、俺達の目の前には大聖杯の丘が姿を現す。世界の死滅は、その男の終焉を意味しているかのようだった。
ただ、それでも、伝えたい事はこの一瞬で充分と、アーチャーは遠坂を見つめ、彼女を愛しむように微笑んでいる。

「もう一人の私を、よろしく頼む。君なら、あれを私のような道に踏み込ませずとも、道を指し示すことが出来るはずだ」
「――――なんで、私が」
「ああ、そうだな。でも、遠坂……俺は、きっと、誰かに教えてもらいたかったんだよ、道を――――」



それが、最後の言葉。拒絶するように、うつむいた遠坂に、静かに言葉を掛けながら、アーチャーは消えゆく。
その目は最後まで、彼女を見つめて、何の苦悶も憤りも見せず、自らの生涯に出会えた少女を忘れまいとするかのように……消えた。

遠坂が顔を上げたとき、そこには誰もいない。
俺は、やっと動かせるようになった身体に鞭打って、遠坂に近づいた。

「遠坂……」
「――――なんで、勝手に消えるのよ、本当に、自分勝手に進むんだから」

遠坂は、どことなく寂しげに呟き、そうして、近くにいた俺に抱きつくように、俺の胸板に顔をうずめた。

「と、とおさか……?」
「見るな、しゃべるな、お願いだから、ジッとしてて……」

かすれたような声、きっと、泣いてるのだろう。俺の胸に顔をうずめ、遠坂は肩を震わせている。
俺は思わず、遠坂の肩に手を置こうとし、その手を止める。何となくそれは、フェアじゃないように思えたから――――、



俺は、視線をめぐらす。周囲には大聖杯と、生き残った仲間達の姿があった。
眠り続けていた桜は、地面に横たえられ、ライダーが彼女を護るように付き添っている。

ジャネットは、周囲を見渡しながら、疲れたようにため息をついていた。
その身体はボロボロで、純白の鎧もあちこちが欠けているが、どうやら無事のようであった。

「――――――――!!」


視線の先、駆ける巨大な影がある。イリヤを肩に乗せたバーサーカーは丘を駆け上がり、聖杯へと向かう。
イリヤの表情は険しい。天真爛漫ないつもの表情とは違い、それは魔術師としての彼女の顔。
大聖杯が唸りをあげる。まるでイリヤ達を拒絶するかのように、不穏な圧力が周囲を満たす。

その時、もう一つの影が大聖杯に向かって疾風のように駆けて行くのが見えた。
それは、金色の英雄。雄々しき姿の彼は、一度だけ、俺達の方に興味深げに視線を向けた後、イリヤ達を追って丘を駆け上がって行く――――、



――――そして、それが金色の英雄王(ギルガメッシュ)を見た、最後の光景…………大聖杯は動きを止め、再び起こった聖杯戦争は、そうして終わりを告げたのであった。



〜Epiloge〜



明かりを取り込む窓の光を顔に受け、まどろみから目を覚まし、俺は周囲を見渡した。
既に見慣れた調度品のしつらえてある部屋、眠気を覚ますように何度か肩を回し、傍らの目覚まし時計を見る……時間はまだ、充分にあった。
この生活を始めた頃は、何度かお世話になった目覚まし時計だが、同居人の機嫌が著しく悪くなるので、今では目覚ましがなる前に起きることが常であった。

さて、今日の朝食は何にしようか……そんなことを考えながら、俺は大きめのベッドから降りる。
一緒に寝ている彼女を起こさないように細心の注意を払いつつ、ダイニングキッチンに立った。

彼女の好みも相まって、専ら最近の朝食は、洋食がメインになっていた。まぁ、国土がら和食の食材を手に入れづらいのもあるけど。

「ん、ぅ……」

朝食の香りにつられてか、寝ぼけた様子で身じろぎをする彼女。むっくりと身を起こした彼女は、寝ぼけて据わった目で周囲を見渡す。
彼女の眠気覚ましに、いつものように、淹れたての紅茶を差し出しながら、朝の挨拶をする。

「おはよう、遠坂。朝食の準備は出来てるから、顔を洗ってこいよ」
「ん……」

眠気の醒めない顔で、ツインテールを解いたままの彼女は、紅茶を一息にグイッと飲み干すと、洗面所に歩いていった。
六畳くらいの広さの部屋に、キッチンと洗面所……俺と遠坂がこの部屋で同棲を始めたのは、つい最近のことであった。
外を見ると、明らかに日本とは違う町並みが広がる……ここは、海に浮かぶ島国……英国に俺達は渡ってきていた。

遠坂の、時計塔への留学の話を聞いて、彼女に誘われたのをきっかけに、俺は一緒にこちらへ来る事を決めた。
確固たる信念も、理由もない、ただ、あの日から、どことなく沈んだままの彼女を放ってはおけず、俺は彼女と共にいることを選んだ。

…………時折、あの日々の夢を見ることもある。今の俺は、あの男と同じ道を通っているのか、違う道を歩いているのか、それは分からない。
ただ……こうして遠坂と共に歩む道もあるのだと、今さらながらに気づいたのも確かだった。

「…………さて、今日も忙しくなるな」

こちらに渡って来て一月余り、時計塔で研究を始める遠坂とは違い、俺は誰に師事するというわけでもない……まぁ、いうなれば遠坂の弟子のようなものだけど。
そんなわけで、今日もこれから仕事を探さなければならない。切り詰めているとはいえ、二人分の生活費を稼ぐのはやはり大変なのである。

「どこか、執事のバイトでも雇ってればなぁ……まぁ、この際、選り好みはしないけど」
「何が、選り好みしないの?」
「ああ、おはよう、遠坂」

あらためて、朝の挨拶。いつも通りの赤を基調とした服装に着替えた遠坂は、すっかり眠気の醒めたような顔で、おはよう、と返してきた。



遠坂と二人で朝食をとる。遠坂とこちらに移り住んできたのは、高校卒業の、なんと翌日の事であった。
半年間の高校生活の後、卒業式から、そのまま直行でロンドンに連れて行かれるあたり、遠坂の決断力には驚かされたものだ。
まぁ、あの手この手で俺を引きとめようとする、藤ねえやイリヤの追跡を振り切るためでもあったけど。

「あ、そうそう、桜から手紙が届いてるわよ」

朝食をとりながら、遠坂は郵便受けに入っていただろう、その手紙をテーブルの上におく。
桜といえば、今は姓を改名して、『遠坂 桜』と名乗っている。二人が実は姉妹だと聞かされたときは、本当に驚いたものだ。
遠坂が日本を離れるにあたって、冬木市一帯の管理を任される代役として、彼女は桜を抜擢したのである。

復調したばかりの桜に、そういったものが勤まるのか心配であったが、ライダーの補佐もあるし、心配はなさそうだった。
兄の慎二に続いて、祖父もなくなった桜。遠坂の姓になることは、孤独ではないと、目の前に座る黒髪の彼女は、桜にそう言いたかったのかも知れない。

桜は今、間桐の館に変わらず住んでいる。ちなみに遠坂の家は、ジャネットが住み着いて、屋敷の管理をしていた。
イリヤも藤ねえも、きっと今も、普段と変わらない生活を続けているのだろう。

「――――開けてみよっか、手紙」
「ああ、そうだな」

遠坂の言葉に頷くと、遠坂は朝食の手を止め、便箋を開けて、中の紙を取り出す。
そうして、その紙と一緒に零れ落ちたのは――――、

「桜の花、か」
「ええ、むこうはそろそろ、桜が色づく頃でしょうから、気を使ってくれたんでしょ」

なんとでもない、という風にあっさりとした口調で言う遠坂だが、嬉しさを隠しきれないのか、唇の端っこが笑っていた。
そういえば、いつかどこかで、皆と一緒に桜を見ようと、約束をしたような気がする。

「そうだな、一年くらいたって、落ち着いたら一度、桜を見に日本に帰るのもいいかもしれないな」
「なに言ってるのよ、こっちに来てすぐ、ホームシックになっちゃしょうがないでしょうが……ま、確かにその意見には賛成だけどね」



――――そうして、新たな生活が始まる。
かつての想い出を胸に抱いて、少年の頃の夢を心のうちに持って、俺は彼女と共に生きてゆく。

それが正しいのかどうかは分からない。ただ、どのような道を進もうと、絶望に陥る事はないだろう。
未来へと続く道は、一つではない。それに、遠坂と一緒なら、道を違えようとすれば、彼女が引っ叩いて気づかせてくれるだろう。

理想は今でもこの身のうちに有り、そして、その火を掲げながら、俺は現実の道を進む。
道は果てしなく、その果てまで歩ききることは……決してないだろう。

それでも、この道の先に、俺の願ったものがあることを、そして、傍らの少女の願いがあることを祈って、この話の幕を下ろすとしよう。



それは、次なる物語への休息――――、空には太陽と月がいづる、そんな日々の合間の出来事……。


〜Epiloge Ende〜


〜桜の手紙〜

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