〜Fate GoldenMoon〜 

〜その日の朝〜



そして、その日も変わらぬ朝がやってきた。
夏の茹だるような日々の中で、その日の朝は、何故か暑さが薄れた過ごしの良い朝であった。

キッチンで野菜を刻みながら、俺はため息をつく。
遠坂に質問をするにしても、どう切り出せばいいんだろうか?

「先輩、おはようございます」
「ああ、おはよう、桜。身体の方は、もう大丈夫なのか?」

考えを中断し、居間に入ってきた桜のほうを向く。桜の後ろにはライダー。
すっかり元気になったのか、桜は軽い足取りで、キッチンに立つ俺のほうに向かってきた。

「お手伝いします。構いませんよね?」
「――――」

ライダーに視線を向けると、無言の頷き。どうやら、大丈夫のようであった。
桜の様子を一瞥する。元気なその立ち振る舞いは、どう見繕っても普段通りの桜であった。

「わかった、それじゃあ……そっちの野菜を角切りにしてくれ」
「はい、分かりました」

笑顔の桜が、隣で料理をする、その光景は、どこか心落ち着くものを感じていた。

「どうかしましたか、先輩?」
「いや……なんでもない」

笑顔の桜――――それを見るのが何となく照れくさくって、俺は曖昧に言葉を濁した。
視線を外したその先……面白そうな表情で、ライダーが俺達のほうを見ているのを感じ、また照れくさくなってしまった。



「おはよう、士郎」
「おはようございます」

と、そんな風に料理をしていると、遠坂とジャネットが部屋に入ってきた。
ふと気づき、遠坂のほうを向く。相変わらずのマイペースで、遠坂はいつもの自分の席に座った。

「ん、どしたの、士郎?」
「いや……遠坂、今朝はヨロヨロじゃないんだな」

俺の言葉に、遠坂は一瞬、ムッとした表情を見せ、どこか拗ねたような口調で唇を尖らせた。

「なんだか、私がいつも朝は弱いって思ってるみたいね」
「いや、まぁ…………そうなんだが」
「――――たしかに、治したいとは思ってるんだけど、こればっかりは、ね。今日はたまたま、早く起きて時間をつぶしてたんだけど」

ああ、だからジャネットと一緒に居間に入ってきたのか。そんなことを考え、ジャネットのほうに視線を向ける。

「――――ふん」

相変わらず、そっけない。それでも、昨夜の話の節々で、その態度にも何となく親しみを感じた。
そんなことを思っていると、あと一人、見知った顔が居間に入ってきたのが分かった。

「おはよう、ギルガメッシュ。よく眠れたか?」
「うむ、今朝はまるで冷夏のようであるな。これなら過ごしやすくて心地よい」

どことなく満足げに言うと、ギルガメッシュは居間の席に腰を下ろす。
暑さが薄れたせいか、いつもは真っ先に着ける扇風機に、手を伸ばす事はなかった。



――――よし、こんなもんか。調理を終えて、俺はメニューを振り返った。
今日は、牛肉とニラ、キムチを使ったおじやと、薄味の味噌汁、それと、自家製のドレッシングを使ったサラダである。

「桜、小皿を取り出してくれ」
「はい、分かりました」

俺の言葉に、桜は頷くと、戸棚から小皿を取り出している。
俺は、おじやを移すお椀を手に持った。居間では、遠坂とジャネット、ギルガメッシュとライダー思い思いに四人が寛いでいる。

そんな、いつもどおりの朝、それは――――、

ガランガランガラン……!

重い鈴の音と共に、唐突に破られる事となった。



「!」「!」「!」「!」「!」

それは、屋敷に何者かが侵入した警報――――居間にいた全員が腰を浮かせて、周囲に気を配る。
俺は、お椀をキッチンテーブルに置き、周囲に気を配る。いきなり、攻撃をしてくる気配はないようだが……、

「ライダー、桜を頼む! 桜、危ないから下がって」
「ぁ……――――」
「桜!?」

パリン……!

手に持った、小皿が床に落ち、割れる。俺の目の前で、まるで酸欠のように、桜は胸をかきむしり、くず折れた。
桜の傍に駆け寄る。その顔は真っ青で、今にも消えてしまいそうな、そんな危ない状態であった。

「サクラ!」
「桜!」

ライダーと、遠坂が駆け寄ってくる。
その場を離れ、二人に任せるが、桜を看る二人の表情は晴れない。

ともかく今は、侵入してきた敵を何とかしないと……!

「ギルガメッシュ、ジャネット、一緒に来てくれ! 敵を迎え撃つ!」
「――――わかった」
「うむ」

頷く二人を連れ、俺は中庭へと飛び出した。中庭には、一つの巨大な影――――それには、見覚えがあった。

「バーサーカー……!」

セイバーと俺、遠坂の三人で、かろうじて倒す事の出来た巨躯の英霊は、まるで巨大な山脈のようにそこに存在していた。
俺の左右では、ジャネットが剣を構え、ギルガメッシュが背後より無数の武具を取り出した。

今は、この先に進ませるわけには行かない……桜の容態が回復するまで、時間を稼がないと。

「投影……」
「待って――――!」

その時、聞き覚えのある声が、俺達の動きを止めた。
その巨人の背中、そこに乗っていたのか、彼女はそこから飛び降り、俺達の方へと駆け寄ってくる。

「――――イリヤ!? 撃つな、ギルガメッシュ、ジャネット! 味方だ!」
「えっ?」
「む」

俺の言葉に、動きを止める二人。そうして、イリヤは俺のもとに駆け寄り、その身体にすがりついた。

「シロウ、会いたかった!」
「ああ…………イリヤ、一体これはどういうことなんだ、ランサーは?」

俺の言葉に、イリヤは肩を振るわせる。抱きついた顔は見えず、それでもそれは、泣いているようだった。
ふと、首筋を冷たい風が撫で、俺は空を見上げた。

「――――――――なんだ、あれは」

雲が流れていく。蒼いキャンバスに、無数の細い雲――――、それが、一つの方角に向かって流れていった。
雲の行く先は南西の空。夏の暑さも、生命の息吹も絶える様な冷たい風は、なおも吹き続ける。

その日の朝、そうして運命の日の幕は上がったのである…………。


〜幕間・駆動する磯基〜


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