〜Fate GoldenMoon〜
〜Dr凛の診察時間〜
さて、これからどうしようか……昼食まで、まだまだ時間があるので、その間、何をしようかと考えをめぐらす。
そうして、遠坂と話をすることにした。何だかんだ言って、遠坂の実力は段違いなものであり、話をするだけでも、参考になる部分が大きかったからだ。
離れにある遠坂の部屋を訪れ、ドアを二度、三度ノックする。
「遠坂、いるか?」
「士郎……? ちょっと待ってて」
部屋の中に声を掛けると、そんな返答。そうして、なにやらゴソゴソと物を動かす気配がする。
きっかり一分くらい、そうして待った後――――、
「おまたせ」
そう言って、部屋の主は鍵を開けて俺を招き入れた。
「どうしたの? 桜の身体に、何か問題でもあった?」
「ん、いや……ただ単に話をしに来ただけなんだが。何だかんだ言って、遠坂と話をするのは楽しいし」
そう言って、俺は部屋を見渡す。相変わらず、雑多に物が溢れているのに、適度に調和の取れた遠坂の部屋。
その傍らに、男装の少女の姿もあった。彼女は、俺を見ると……不満そうに視線をそらす。
何だかんだで、まだ機嫌が直っていないらしい。
「ふぅん……ま、確かにそうなんだけどね」
で、遠坂はというと、俺の言葉がお気に召さなかったのか、腕組みをし、ムスッとした表情を見せる。
しかし、すぐに気を取り直したのか、座って、と俺に言うと自らは椅子に腰掛けた。
俺は床に座して、遠坂を見る。遠坂は、この半年で少々伸ばした髪をかき上げながら、俺に笑いかけてきた。
「ちょうどいいわ、私もちょっと、士郎に用があったことだし」
「俺に用……? それって、聖杯戦争絡みのことか?」
「う〜ん、そうとも言えるけど、厳密に言えば、違うかな……あ、ジャネット、あなたは席を外して頂戴」
遠坂の言葉に、ジャネットは驚いたような表情を見せ、そうして怒ったように首を振った。
「いえ、私はこの場で待機しています。マスターの心情はどうあれ、私はそこの者を味方と断定しているわけではありませんので」
「…………そう? ま、別にジャネットがいても、問題はないんだけどね」
遠坂は、差して気にもしていないという風に、ジャネットの言葉を聞き流すと、俺のほうに向き直り――――、
「それじゃ、士郎。服を脱いで」
などと、真顔でとんでもない事を言ってきた。
「――――――――」
「――――――――」
いきなりの言葉に、硬直する俺。視界の隅では、ジャネットも同じように凍り付いているのが見えた。
「どうしたの? 別に恥ずかしがるような事じゃないし、ちゃっちゃと脱いじゃってよ」
「ばっ――――なに言ってんだ、遠坂、まだ昼前だぞ、食事の後だぞ、いくらなんでも時とか場所ってもんが――――!」
慌てて俺はそう言うが、遠坂はどうかしたのか、怪訝そうな顔。
しかし、何かに気づいたのか、にんまりと、非常に極悪人めいた笑みを浮かべた。
「な、なんだよ?」
「ううん、ただ単に面白がってるだけよ……衛宮君が、何か勘違いしてるみたいだから。私は、衛宮君の身体の調子を見たいから、上着を脱いでって言ったんだけどね」
その言葉に、頭が真っ白になった。この、あくまめ。だったら最初からそう言ってくれっ……!
しかし、俺の心の声など届くはずもなく、遠坂は、そっかー、などと一人で納得したように楽しそうに声をあげていた。
「ま、私も言い方が悪かったけど、安心したわ。衛宮君が健全な男子だって分かったから」
「――――――――」
「ここ最近は、あの金ぴかにけっこう構ってたし、そっちの気でもあるかと心配したんだけど」
「――――…………可及的速やかに着衣を脱ぎますので、それ以上の追及は勘弁していただけないでしょうか」
完全降伏…………、両手を挙げて言う俺に、遠坂は満ち足りたような聖母のような笑顔を見せる。
その顔を見て、俺は天使のような悪魔の笑顔って、こういうのを言うんだろーなー、と、しょうもないことを考えてしまったのだった。
そういうわけで、上着を脱いで、上半身裸になった。
遠坂達の顔を見ないように、背中を向けての着替えだが……四つの目、二つの視線が背中に刺さりどうも居心地が悪かった。
一つため息をつき、遠坂達のほうに向き直る。
「脱いだぞ、それで、一体どういうことなんだ?」
「――――――――」
「遠坂?」
どうかしたのか、呆けたような表情の遠坂。俺が声を掛けると、彼女はハッとしたように我に返った。
そうして、ずん、ずん、ずん、と、鬼気迫った表情で俺に向かって詰め寄ってきた。
その迫力たるや、まさに喰われてしまう〜と、本能が告げるほど。
「ちょっと、背中見せなさいっ、士郎!」
「え、うわ、遠坂……ちょっと!?」
思わず逃げ出しそうになった、俺の肩をガシッと掴み、強引に背中に回る――――!
ぺたぺたと、触られる感触――――、遠坂の息だろうか、髪だろうか、さわっとした感触が背中をなでた。
「こっ……なにするんだ遠坂っ!? うわ、そこはちょっとっ」
「ええいっ、大人しくしろっ、生娘じゃあるまいしっ」
「だからそれって、女の子の言う台詞じゃないだろ――――!」
俺の悲鳴などどこ吹く風、さわさわ、ぺたぺたと遠坂は俺の身体を撫で回す。
そんなこんなで、何とも形容しがたい場面は、遠坂の気がすむまで続けられたのである。
「うーん、細胞が壊死してる様子もないし、魔術回路も通ってる……一体どういうことかしら?」
「どういうことか、って聞きたいのはこっちの方なんだが」
ようやっと離れてくれた遠坂に、俺は憮然としたような視線を投げかけてみた。
しかし、返ってきた反応は、本気で呆れたような視線。
「なに言ってるのよ、士郎。貴方……自分の背中を見てないの?」
「は? 背中?」
遠坂の言葉に、俺は自分の背中を見ようとするが、うまくはいかない。
そんな様子を見て、遠坂は荷物の山の中から手鏡を取り出した。そうして、俺の背後に回る。
「ほら、見てみなさいよ」
「…………なっ!?」
手鏡越し、自らの背中を見た俺は、絶句してその光景を見直した。
俺の背中の……一部分、拳の半分くらいの広さで、皮膚が黒ずんでいるのが見えたのである。
「その様子だと、全然気づいてなかったみたいね」
「ああ……なぁ、遠坂。これってどういうことなんだ?」
戸惑いの視線を向ける俺に、遠坂はしばし考え込み――――、
「心当たりはあるけど……士郎、この前の新都の方の戦いで、投影魔術を使ってたでしょ?」
「ん、ああ……ここ半年ばかり、色々と投影を試してみてな……何とか、形としては出来るようになったんだけど」
「おそらく、その投影魔術が原因ね」
はぁ、と額を押さえながら遠坂はため息をつく。
そうして遠坂は、いつもの視線ではなく、魔術師としての表情で、淡々と自らの推測した思案を述べ始めた。
「半年前、セイバーの剣を投影した時、士郎の腕が焦げてていた時があったでしょ? つまり、投影魔術を使うとき、何らかの形で……士郎の身体に負担がかかってるんでしょうね」
「ちょっと待ってくれ、だけど、最近の投影の時は、そんなふうにはならなかったんだが……?」
そう、王者の剣や、七夜の短刀、無名の長物など、けっこうな数の投影をしたが、そんな、腕を焦がすほどの怪我を負ったことはなかったのだ。
遠坂は、その質問に対し、呆れきったような表情を向けてきた。
「多分、耐性が出来たんでしょうね。どうしてか、衛宮君は剣との相性が抜群に良い。何度も投影をしているうち、身体が魔術の方になじんできたんでしょ」
「つまり、このまま投影を続けても、問題はないって事なのか?」
「さぁ? 背中に出来たその染みが、どういう理由なのか分からない限り、どうともいえないわ」
どこか、突き放したような言葉を言う遠坂。彼女はそうして、どこかしら考え込むように視線をそらした。
「それにしても、何かどこかで引っかかるのよね――――……」
などと、呟いて一人で考え込んでしまう遠坂。どうも、これ以上は詮索しても意味の無いことらしい。
ともかく、ずっと上半身裸でいるのも恥ずかしい。上着を着てしまおう。
「―――――――ん?」
上着を着ようと、脱ぎ捨てた上着を探して視線を周囲に向けると、俺の方を見るジャネットと視線が合った。
そうして、ジャネットは急に真っ赤になって、視線をそらす。
「あ――――――――」
いや、まいった。今朝のあの夢のせいか、微妙にジャネットを意識してしまった。
まぁ、それ以上に、ジャネットのその仕草に、どきりとしてしまったのも事実だったけど。
細い、華奢な身体を包む、シックな服装……女性らしい体つきは、男装をしてても隠せるものではなかった。
……しかし、何であんな夢を見たかな? 欲求不満なんだろうか?
――――確かに遠坂やジャネットに、ああいうことをしたいって気持ちが無いと言えば、嘘になるだろうけど。
結局、重要な事は分からぬままで、それでもその後、取り留めもない話をして、俺は遠坂の部屋を退出した。
分からないことに悩んでも仕方ないな、今はともかく、聖杯戦争に勝ち残らないと……俺はそう考え、漂う不安を脳裏に押しとどめた。
時間は昼の少し前……そろそろ、食事の準備をすることにしよう。
〜幕間・銀色のお嬢様達〜
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