〜Fate GoldenMoon〜 

〜幕間・銀色のお嬢様達〜



「セラ…………準備、終わったけど」
「何を言ってるんですか、リーゼリット。久方ぶりにお嬢さまを迎えるのです。ほんの僅かな落ち度もあってはならないのですよ」
「…………イリヤは、そんなこと気にしないと思う。浮かれてるのは分かるけど」

淡々と語るリズの言葉に、セラは、む、とした表情を見せる。
しかし、口では叶わないと察したのか、再び部屋の中をあちこちとチェックしだした。

リズは、はぁ……とため息をつくと、その部屋から出て行った。
そこは、かつて士郎が軟禁された部屋……イリヤスフィールの私室であり、しばし部屋を訪れなかった持ち主が、本日帰ってくるのだった。

「ええと、シーツは変えたし、埃のような物もなし……リーゼリット、食事の準備は出来てるんでしょうね?」

声を掛けるが、返答はない。怪訝そうな顔で周囲を見渡すが、リズは既に部屋の外へと出て行ってしまった後である。
一瞬、どうなっているのか理解できない表情を見せたセラだが、すぐにリーゼリットがいなくなったのを察したのだろう。舌打ちしそうな表情で、部屋を飛び出した。

廊下をあちこち見て回るセラ。そうして、玄関ホールで佇むリーゼリットの姿を発見するのに、さほどの時間はかからなかった。
セラは怒った様子で、しかし走るような無作法なまねはせず、早足でリーゼリットに詰め寄った。

「どういうつもりです、リーゼリットっ……! 職場を放棄するなど、お嬢さまに仕える者として恥ずかしいとは思わないのですか?」
「準備は、出来てるもの……それに」
「それに、何だというのです?」

イライラした表情のセラ。同じ同僚だというのに、彼女はリーゼリットと相性がとことん悪かった。
生真面目だが、融通が利かない頑固者のセラ。対するリーゼリットは…………、

「そろそろ、イリヤが到着する頃だもの……出迎えがなかったら、それこそイリヤが拗ねちゃう」
「あ」

飄々としている分、妙に細かいところに気が回るようであった。思わず声をあげてしまったセラは、リズがじっ……と見ているので、こほんっ、と一つ咳払いをし、

「…………そうですね、お嬢さまの出迎えも、我々の役目。よく気づきましたね、リーゼリット」
「セラが考えすぎ…………放っておいたら、一日中、模様替えをしそうだもの」

取り繕うようなセラの言葉に、リズはどこか、呆れたように声をあげたのであった。



「ここよ、私の住んでいたお城は」
「へぇ、こりゃまた……ご大層な城だなぁ」

背中に負ぶさったイリヤの言葉に、ランサーは呆れたように、遠目に見える城に視線を向ける。
城壁に囲まれた、その城は……見る者を圧倒するように、また、拒むようにその荘厳な姿を聳え立たせている。

「さて、そんじゃまぁ、行くとしますか!」
「え? きゃぁっ!」

イリヤの悲鳴を無視し、ランサーは城壁に向かって突っ走ると……走り幅跳びのような踏切で、城壁を飛び越えたのである。
流れる風、耳朶を打つ騒音と共に、城壁を一息に飛び越えたあとで、地面に着地する。

「なるほど、なかなか良い感じの所じゃないか」

口笛を吹き、周囲を見渡すランサー。城壁内は綺麗に整えられており、城は目と鼻の先にあった。

「もうっ、いきなり何するのよ、まったく!」
「は? いきなり何を怒ってるんだよ、お前」
「何を、じゃないわよ。 城門が開いてるのに、わざわざ城壁を飛び越える必要なんてないじゃない!」

言われ、ランサーは首をめぐらす。確かに、その視線の先――――城を囲む城壁の門は、開け放たれたままであった。
監視のための兵もおらず、ひたすらのどかな周囲に、ランサーは眉をひそめる。

「なんつー無用心な城だ……これなら、百人も兵がいりゃ、簡単に落ちるぞ」
「いいのよっ、実際、こんな所に来る人間なんていないんだから!」
「あー、分かった分かった、耳元で怒鳴るなよ。ほら、もう目的地に着いたんだし、下ろすぞ」

耳元で叫ぶイリヤに顔をしかめ、ぽいっと地面に下ろすランサー。
子猫よろしく、地面に降り立ったイリヤは、ランサーのほうを不満気に見た後、城の方へと足を向けた。

「行くわよ。私達が来た事は、森の外の警報で分かってるんだし、セラとリズも待ってるはずよ」
「あと、敵か味方か分からん二人組もな。言わんでも分かると思うが、油断するなよ」
「当然よ」

ランサーの言葉に頷き、彼を従えて、城内へと入るイリヤ。



「お帰りなさいませ、イリヤスフィールお嬢さま」
「…………お帰りなさい」

エントランスでは、彼女が来るのを待っていたかのように、二人のメイドが、彼女を出迎えた。
ただいま……と呟くように言って、手に持っていたバスケットと水筒を、リズに手渡すイリヤ。

「アインツベルンから派遣された、二人組に会いに来たの。まだこの城にいるんでしょ?」
「…………うん、取っつきやすい人たちで、らぶらぶなの」
「?」

その言葉の意味がよく分からなかったのか、イリヤは怪訝そうな表情で、セラのほうを見る。
セラのほうはというと、ランサーに声を掛けて、絡まれていた。

「へぇ、こりゃなかなかの肝っ玉の据わってそうな女だな。どうだい、今夜」
「何者ですか、あなたは……見たところ、お嬢さまの護衛のようですが」
「ああ、そうだ。ま、ガキのお守りは不本意なんだがな。本当なら、アンタぐらいの年頃の美女の方が好みなんだが――――」

頬を打つ音――――、セラに近づいて話していたランサーは、驚いたように、自分をひっぱたいた女性を見つめた。
興味深そうな視線を向けるランサーに対し、セラは毅然とした表情で、

「お嬢さまを侮辱するのは、何人たりとて許しません……!」

怒りか、本能的な恐れか、震える声でそう述べたのである。
ランサーは、そんなセラの様子が気に入ったのか、は、と笑みを浮かべ、顔をセラに近づける。

鼻先が触れ合うほどに、間近まで近づけられた顔に、鉄面皮を誇るセラの表情も、戸惑うように、僅かに変化した。
その様子に、ランサーは、獣のように獰猛な笑みを浮かべ――――、

「悪かったな」
「――――」

と、全く反省をしていないような表情で、ただ一言そういうと、セラから離れる。
リアクションの規定外のことだったのか、セラは呆然としたような何とも言えない表情を浮かべた。

「ほら、そこ! セラをからかって遊ばないのっ!」
「ちっ、分かったよ。いいじゃねえか、ちょっとくらい」

イリヤに睨まれ、ランサーはぶつぶつ言いながらも、後ろに下がる。
その様子にホッとしたセラに向き直り、イリヤは彼女に声を掛けた。

「それで、セラ。その二人組はどこにいるの? 出来れば、すぐにでも話をしたいんだけど」
「は、はぁ……イリヤスフィール様、その事なのですが……」
「何、どうしたの?」

怪訝そうな表情を見せるイリヤ、そんな彼女に対し、セラはどことなく戸惑ったような表情で、言葉を濁す。

「お嬢さまは、あの者たちを、いかがなされるおつもりですか? いえ、もちろん、お嬢様の成される事に反対するつもりはありませんが」
「…………何、その二人組の心配でもしてるの?」
「――――」

困ったような、戸惑ったような表情のセラ。そんな彼女に対し、イリヤは苦笑を浮かべ、首を振る。

「安心しなさい。殺し合いに来たわけじゃないわ。今日は話をしにきたの」
「――――そうですか、それを聞いて安心しました。あの者達には、少々借りのようなものがありましたので」

セラはそういうと、イリヤ達に先導し、歩き出した。
イリヤは、歩いていくセラの背中を見つめながら、傍らのリズに質問する。

「ねぇ、リズ、その二人組と、何かあったの? セラって、基本的に他人と係わり合いにならないタイプのはずだけど」
「…………まぁ、セラは優しいから」

どことなく悟ったような言葉で、リズはイリヤの問いに、そう答えたのだった。



アインツベルンの城内の一室。廊下の傍らにあるその部屋の前で、何をするでもなく立ち尽くす、青年の姿があった。
彼は、廊下を歩いてくる一行に視線を向け――――そうして、興味をなくした風に、また視線を戻した。

「シグさん、ヒルダさんは起きておられますか?」
「ん……ああ、何か一人でやりたい事があるらしくてな。部屋に篭ってる」

銀髪の青年は、セラの言葉に今一度、彼女と、その後ろにいる一行を見る。
セラ、リズ、ランサーの順に視線が動き、わずかに数秒、イリヤのところで視線が止まる。そうして、セラに視線を戻し、背中越しにドアをノックする。

「はーい、どうしたんですか、シグ」
「ヒルダ……来客だ。どうやら本元のお嬢さまが会いに来たみたいだぞ」
「え、ほんとうですかっ!?」

驚いたような声と共に、パタパタと掛けてくる足跡。ドアの開けられる気配を察したのか、シグルドがドアの前から退く。
そうして、ガチャリとドアが開けられ、出て来たのは――――中世のお姫様よろしく、着飾ったヒルダの姿であった。

「なっ、ヒルダ、その格好は――――!?」
「あ、これですか? 部屋のタンスをあさっていたら、出てきたものなんですよ、どうです、似合いますか?」

シグルドの唖然とした言葉に、ヒルダは楽しげに笑いながら、くるりとその場で一回りする。
肩周りの露出した紺色のドレスは、フリルの着いたスカート、白色のロングソックスと、同じ白色の手袋とあいまって、何とも可愛らしい雰囲気をかもしていた。

「――――――――まぁ、それはいいとして」
「あ、ひどい。スルーするなんて、レディに対して失礼ですよっ」

視線をそらしたシグルドに、どこか不満そうな視線を向けるヒルダ。
そんな彼女に対し、どこか疲れたような表情を向け、シグはイリヤ達の方を指し示した。

「ほら、お前さんが会いたがっていた、お嬢さまだぞ」
「――――、あなたが、イリヤお嬢さま?」

イリヤに視線を移し、まじまじと、面白そうにイリヤを見つめるヒルダ。
その無遠慮な視線に、イリヤはどこか戸惑ったように、ヒルダを見つめ返す。

――――その時、ヒルダが動いた。立ち尽くすイリヤに、飛び掛るように近づく!

「!」
「!」

その瞬間、何のためらいもなく、ランサーは槍を虚空より飛び出し、突き出そうとした瞬間、その穂先をシグルドによって掴み取られた。

(こいつ――――!)

一瞬、本気の殺気を放つランサーだが、シグルドは憮然とした表情のままで、その手を離すことはなかった。

「落ち着け、ヒルダにそんな気は無い。むしろ――――」
「可愛い――――!!!」

感極まった声で、飛んできた声に、シグルドは思わずよろめいた。それでも、槍の穂先を離すことはしなかったのだが。

「な、何よあなた、ちょっ、こら、離せ――――!」
「ああ、このすべすべの肌、小さな身体、可愛い過ぎですよね、シグ!」
「俺に同意を求めるな」

うが――――! と怒りの声をあげるイリヤに構わず、さらに抱きつく力を強めるヒルダ。
その様子を見て、シグルドは同情するような視線を向けた。

どうしたものか、困惑した表情のセラ、らぶらぶ? と呟き小首をかしげるリーゼリット。
そうして、実害はないと判断したのか、殺気を消し、ヤル気がうせたと槍を退くランサー。

そんな彼らの様子を見て、シグルドも一歩退く。

「可愛いですねぇ、私の妹にしたいですよ、本当に」
「だぁ――――勝手に決めないでってばぁ!」

切れる寸前と言った感じのイリヤと、暴れれば暴れるほど、さらに抱きしめる力を強めるヒルダ。
それが、アインツベルンの家に運命を連ねる、二人の少女の出会いであった。

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