〜Fate GoldenMoon〜 

〜奥様は魔女・そのに〜



そんなこんなで、マウント深山商店街へとたどり着いた。
お昼前のこの時間、人通りもそれなりにあるが、親子連れや主婦の人が多いのは、娯楽施設が皆無なせいだろう。
学生服の生徒も何人かいたが、それでもその数はまばらである。
俺も遠坂も、小さい頃からここを利用していたせいか、すっかり常連であり、ここの空気になじんでいた。

さて今回の来訪で、商店街の奥様方の注目を集めたのは、彼の英雄王、その人だったろう。
金色の髪、整った顔立ちのギルガメッシュは、見た目の物珍しさのせいか、あちこちから視線を浴びせられていた。

当の本人はというと、そんな視線に気づいているのかいないのか、あちらこちらに視線を投げかけていたのだが。

「さて、とりあえずどこから回ろうか?」
「う〜ん、結構な量を持たないといけないし、とりあえず、小物から行きましょうか?」
「ああ、って…………ギルガメッシュは?」

商店街の中ほどに足を止め、周囲を見渡す。
人通りのある商店街。いつの間にか傍らに居た、英雄王の姿が消えてしまっていた。

来た道の方に視線を移すと、昔なつかしの雑貨屋の前に、見知った姿があった。
遠目でよく分からないが、番台に座るお婆さんとなにやら話をしているようである。

「何やってるんだ、あいつ……?」
「さぁ……?」

しばらくすると、用事が済んだのか、ギルガメッシュがこちらに歩いてきた。
少々戸惑ったように、困惑した表情をしているギルガメッシュ。

「何やってたんだ? なんか、話してたみたいだけど」
「うむ、それなのだが……」

そう言って、ギルガメッシュは手をこちらに差し出してくる。その手の上には――――何故だか、百円玉と五百円玉と千円札と五千円札と一万円札があった。

「って、どうしたんだよ、このお金は!?」
「ふむ、これがこの国の通貨という物質、か。 いや、なにやらそこの婦人に、タカラクジなどというものを勧められてな」

それで、同じ絵がそろったというので手渡されたのだが……などというギルガメッシュ。
いわゆる、スピードくじというものだろう。しかし、一発でこんな額を引き当てるなんて……無欲なのか、金ぴかのせいなのか……。

「ええっと…………49900円、か。たぶん、宝くじの2等だな。100円は、くじの代金だろう」

そういえば、ギルガメッシュのスキルに黄金律とかいうのがあったな。
一生金に困らない、大富豪でもやっていける金ぴかぶり、とか。遠坂あたりが喜びそうなスキルだよな。

「まぁ、我には遣い方も分からぬし、卿が持っていてくれ」
「あ、ああ……助かるよ。ん? 遠坂、どうしたんだ?」
「ぇ――――ああ、なんでもないの。ちょっと考え事してただけだから」

ニコニコ笑顔で、遠坂は上機嫌にそんな事をいう。
これで、おかずが一品増やせるわね……などと、涙ぐましい呟きが聞こえるあたり、やっぱり遠坂も、大変なんだろう。



そんなこんなで、あちこちで騒動を起こしながら、俺達の買い物は続けられていった。
初めは戸惑うことも多いのか、落ち着かない様子もあったギルガメッシュだが、順応性が早いのか、後半はすっかり、商店街の空気になじんでいた。

そうして、一通り買い物も終わった、そのときである。
本当にバッタリと、通りの向うから歩いてきた二人組みと鉢合わせをした。

「藤ね――――藤村先生と、葛木先生!?」
「あれ、士郎? どうしたの、こんな所で? 遠坂さんとギルガメッシュ君も一緒みたいだけど」

予想外にミスマッチな組み合わせ。痩せぎすの長身である男性と、縞々模様の虎。
葛木先生の両手には、買い込まれたスーパーの食材。藤ねえはというと、無手で歩いている。

……ちなみに、俺は買い物袋を両手に持っており、遠坂は手ぶら。ギルガメッシュは片手に袋を持っている。
――――これは別に、男女間の優劣とは全く関係ない、と思う……たぶん。

「こんにちは、藤村先生、葛木先生。正直、意外な組み合わせですね」

面白そうな表情で、さっくりと要点を突っつく遠坂。ま、その点は俺も同感だけど。
藤ねえはというと、う〜ん、とちょっと考え込み、また、笑顔に戻った。

「まぁ、確かに意外だけど、ほら、ちょうど私も葛木先生も学校に止まりこんでるから、一緒に買出しに行こうってことになったの」
「へぇ、あ、そういえば一成が言ってましたけど……葛木先生が学校に呼ばれた、事件でもあったのだろうか……とか」
「柳洞か……要点だけを掻い摘んだのだが、少々、勘ぐられてしまったようだな」

淡々、そんな表現が最も適切な仕草で、葛木先生は腕を組む。両手には商品の袋を持っているのに、その動きは滑らかに淀みなかった。

「一つ問うが、二年の間桐という女生徒を見かけなかったか?」
「ちょ、ちょっと、葛木先生!」
「人の口に戸は立てられないでしょう、藤村先生。であれば、早めに状況を伝えるのも、決して悪手ではないと思いますが」
「う……それは、そうかもしれないけど」

葛木先生の言葉に、藤ねえは気まずそうに俺の方を向く。
しかし、ごまかすのも限界だと悟ったのだろう。どこか神妙な表情で、口を開ける。

「士郎、落ち着いて聞いてね。実は、昨日か一昨日あたりから、桜ちゃんが行方不明になっちゃったの」
「――――へ?」
「弓道部の合宿でね、部員達が気づいたときには、どこにも姿が無かったって。それで、学校の周りを探してるんだけど」

桜が行方不明、って、桜は衛宮邸で寝ているのに……あ、そうか、ライダーの話を聞く限り、桜は黙って合宿を出て行ったからな。
朝になって部員達が騒ぎ出して、藤ねえに連絡を取って……そういうことなんだろう。

「ああ、そ――――」
「それは、大変ですね。私達も思いついた所を探してみます。いきましょ、衛宮君」
「お、おい、遠坂……!?」

俺の言葉を遮り、遠坂は俺の手を取って、引っ張るように歩き出した。

「あっ、こらーっ、士郎にベタベタ引っ付かないでよぅっ……!」

藤ねえの癇癪を聞き流し、遠坂はこちらの姿の見えない、曲がり角まで引っ張ってくると、大きく一息ついた。
我関せず、といった態度のギルガメッシュがこっちに向かっているのを確認すると、俺は遠坂に問う。

「遠坂、一体どうしたんだよ、急に……」
「どうした、じゃないわよ。士郎、アンタ、藤村先生に……桜がうちに居るって言おうとしたでしょう!?」
「な、なんだよ……藤ねえは心配してるし、当然の事だろう?」

俺の言葉に、遠坂は頭痛でもするのか、頭を抱えた。
1,2,3秒……天を睨んだ後、怒髪天を突くという感じで、俺に向かって詰め寄った。

「究極馬鹿か、アンタはっ……! 藤村先生が学校にいれば、余計な戦いに巻き込まなくてすむでしょうがっ……!」
「あ」

よくよく考えれば、屋敷にはランサーやライダー、ジャネットもいる。
戦いに巻き込むのは避けたいし、それより何より――――ライダーやジャネットのことを、どう説明すれば納得してくれるか、皆目見当がつかなかった。

「そういうわけだからっ、しばらくは桜がうちに居る事を他言しない事。いいわねっ!」
「あ、ああ……それより遠坂」
「何よ?」

ウゥ――――! と、機嫌を損ねた大型犬のような剣幕の遠坂。
その肩越しから、遠坂の後ろを見て、俺は心底、怪訝に思って口を開いた。

「あの人は、なんなんだろうな」
「へ…………? ぬぅわっ!?」

いや、遠坂、その悲鳴は女の子らしくないだろう。それでいて、俺に抱きつかれるのは非常に困る。
豊かな膨らみが、胸板に押し付けられて、俺の心臓はドキドキドライブ。

「な、なんなのよ、あれはっ!」
「いや、俺に聞くな、俺に」

いや、本当になんだろう。見た目は普通の主婦なんだけど、醸し出す空気が、その姿を異形に見せていた。
物陰に隠れるように、身を縮めながら、俺達がさっき居た、通りの方に目を向けている。

その口から漏れるのは、呪詛だろうか……。掴んでいたコンクリートの壁に、ピシリと皹が入る。

「宗一郎様……何故ですか、確かに私は若いとは言いがたいですし、可愛げがないのかもしれませんけど、なにも同年輩の人を選ぶなんて……!」
「ぬっ……!? 何者だ、これは……!?」
「それは、半年間も勝手に居なくなったのは、私の落ち度ですが、でも、その間に寝取る輩が居るとは……うぅぅぅぅぅぅ!」

俺達の方に歩いていたギルガメッシュは、戸惑ったようにそれに警戒の視線を向ける。
しかし、それはギルガメッシュを意に介さず、物陰から物陰へ、まるで飛燕のように飛ぶ。

「宗一郎さまぁぁぁぁぁぁぁ…………」

囁くような呪詛を残し、それは通りの向こうに消えていってしまった。
それは、時間にして一分足らず。しかし、妙に長く感じた時間であった……。

「な、なんなのかしら、あれって」
「…………」

戸惑う遠坂に対し、俺は冷静だった。いや、遠坂に抱きつかれてたので、冷静ではなかったんだが。
抱きつかれた方に気が行っていたので、その姿を冷静に捉えれたのだ。

記憶が確かなら、あの人は昨日、一成と一緒に居た人。
葛木先生の婚約者の、メディアさんという人のはずだった。

「――――葛木先生も、大変そうだな」

一を見て、十を知る。その言葉通り、これから起こるトラブルも、容易に予想できたのだった。
さて、こっちを見て笑っている……ギルガメッシュが口を開く前に、抱きついた遠坂を、さりげなく放さないとな……。


〜幕間・商店街の傍らで〜

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