〜Fate GoldenMoon〜 

〜衛宮家の食卓〜



しかし、大所帯だな、こりゃ。急に人口密度が上がった居間を、台所から見渡して、俺はそんな事を思う。
ギルガメッシュ、ランサー、ジャネット、それにライダー……と、英霊が四名、思い思いの姿勢でくつろいでいるのは、壮観でもあった。

「それじゃ、士郎に盛り付けは任せるわ。イリヤ、食器を運ぶの、手伝って頂戴」
「分かったわ、ねえ、シロウ、サクラの分はどうするの?」

遠坂の指示に頷き、戸棚から食器を取り出しながら、イリヤは俺に聞いてくる。
先ほど、様子を見に行ったが、桜は相変わらず目を覚まさなかった。

「ああ、桜の分は後でおかゆを作って持ってく。とりあえず、作った料理は、全部運んじゃってくれ」

和洋折衷、色々な料理を盛り付けながら、俺は煮込んでいたカレーの味見をする。
即席で作ったカレーだが、個人的には満足のいく出来になっていた。

カレーの鍋をそのまま、テーブルの真ん中に置く、そうして、夕食の準備は整った。
チーズパスタ、アサリとワカメのスープ、夏野菜のサラダ、薩摩芋と鰻の煮物、etc……。



「それじゃ、いただきます」
「うむ、それでは吟味するとしようか」
「あ、シロウ、麦茶持ってくるね」

俺の言葉を合図に、それぞれ銘々に、食事を始める。俺の隣にはギルガメッシュが座り、もう片方にはイリヤがいて、麦茶を取りに席を立った。
視線を移すと、ギルガメッシュの隣には、蒼い騎士の英霊、ランサーも座り、成り行き上、食事に参加していた。

「……まともな食事か」

なにやら思うところがあるのか、感慨深げに呟くランサーだったが、ギルガメッシュと視線が合うと、また、ふんっ、と視線をそらした。
どうやら根が深いのか、ちょっとやそっとじゃ、この二人の中の悪さは直りそうにはなかった。

テーブルのこっち側はこんな感じだが、向こう側の方はというと――――、

「なるほど、実質的に半年前から、あの娘はこの戦いに参加していたんだ」
「はい、サクラはエミヤシロウと、特にトオサカリン、あなたの事を気にかけていました。口に出したりはしませんでしたが」

遠坂が、ライダーと話し込んでいた。ジャネットはというと、一人黙々と、料理を口に運んでいる。
その仕草、その表情は、やっぱりセイバーとダブって見える事があった。

金髪という以外、さしたる共通点はないのに、それでも俺は、なんとなく彼女の面影を、ジャネットに垣間見る事があった。

「ジャネット、おかわりはいるか?」
「…………」

声をかけてみるが、返答はない。今日は何故かジャネットは、ずっとこんな感じで上の空であった。
落ちつか無げな表情で、彼女は視線をさまよわせる。その視線の先にライダーと遠坂の姿があった。

ジャネットの顔に、はっきりと赤みが差す。その身がブルブルと震えると、俺のほうにキッと視線を向けてきた。

「不潔ですっ!!」
「……は?」

唐突な台詞は、それでも、俺に向けて言った事なのはわかった。
いきなりの、その言葉に、話し込んでいた遠坂とライダーも、険悪な状態だったランサーとギルガメッシュも、驚いた様子でジャネットを見た。

それで、ジャネットも我に返ったんだろう、気まずそうな表情になって、視線を落とした。

「はっ、嫌われたな、ボウズ」

面白そうな口調で、ランサーがそんなことを言ってきた。やっぱり、嫌われてるんだろうか。
まぁ、誰も彼も、構わず好かれるって訳にもいかないんだが、それでもちょっとはショックである。

結局、騒がしい食卓の中で、ジャネットは最後まで、黙り込んだままであった。



食事を終え、流し場で食器を洗う。さすがに七人もいると、洗う食器もかなりの量になった。
遠坂と協力し、黙々と洗い物をこなす。居間の方では、イリヤを中心にわいわいと騒いでいる。
ちょうど、テレビでオリッピックの放送をしており、観戦に熱が入っているようだ。

「ごめんね、ジャネットが失礼なこと言って」
「ん……ああ、別に気にしてないから、遠坂が謝る事はないよ」

洗った食器を拭きながら、ポツリと謝る遠坂に、俺は食器を手渡しながら、そう返答をした。
しかし、個人的に腹の虫が収まらないのか、遠坂はどこか怒ったような表情で、食器を拭く。

「あの娘、士郎と手を組むのを嫌がってたから……でも、あんな事を言うなんて思わなかったけど」
「う〜ん、それだけなんだろうか? 何か、言葉の節々に棘があったみたいだけど」
「…………ひょっとして、士郎、ジャネットに軽蔑されるような事、してないでしょうね」

数秒の沈黙の後、半信半疑という感じで、遠坂が聞いてきたのは、そんな事だった。

「軽蔑されるような事、って?」
「言ってなかったけど、ジャネットって千里眼めいた真似事が出来るらしいのよ。だから、士郎に不潔ですっ、て言ったのも、根拠あってのことかもしれないし」
「…………あ」

その言葉を聞き、俺の脳裏にある場面がよぎった。イリヤとの夕方の一件と、ライダーとの土蔵での出来事……。
もしあれを見ていたとすれば、そういったのも頷けた。

「なんなの、その『あ』ってのは……まさか士郎、桜に手を出したんじゃないでしょうね?」
「ち、ちがうぞ、桜には、そんな事はしてないっ!」
「ふーん、桜には、ってことは、イリヤやライダーの事は否定しないのね」

弱点見つけたり、といった笑顔で、遠坂は楽しそうに微笑んだ。
悪女も真っ青のその笑顔の額の部分、なぜか怒りの青筋マークが浮かんでいたのは、見間違いではないだろう。

「ま、今日は色々と会ったし、泊まって行くから、後でキリキリ白状してもらいましょうか」
「…………はい」

逆らいがたい雰囲気を感じ、俺は観念して頷いた。
何だかんだいって、最近は遠坂に頭が上がらなくなっているような気がする俺であった。



洗い物を全て終え、俺と遠坂は居間へと戻った。

「あ、終わったの、シロウ?」
「ああ、待たせたな、イリヤ」

俺は、床に胡坐をかいて座ると、テレビのリモコンを使って、テレビ画面を消した。
とたんに、何人かが不満そうな表情を見せたが……さすがにテレビをつけたままで、出来るような話ではない。

「それじゃあ、話してもらおうか、ライダー、それに、ランサー」

俺の言葉に、名前を呼ばれた二人は、表情を改めた。
ギルガメッシュもジャネットも、話を聞き逃すまいと佇まいをあらためる。

「桜に一体何があったのか、そもそも、聖杯戦争ってのは七人の英霊が七人のマスターと共に戦うってのが基本のはずだ」
「そうね、この場に四名、それに襲撃してきた二人に、新都の殺人鬼と、そのときにいた銀髪の二人組み……これだけで八人。他にも何人かいるでしょうし」

明らかに、今までの聖杯戦争とは毛色が違っていた。遠坂の言葉に、俺も頷く。
いったい、何が起こっているのか、それを知るのが大前提であった。

「それでは、私から先に話しましょう。事の発端……大聖杯の間での出来事を」

大聖杯……聞いた事のない単語が、ライダーの口から出る。
そうして、ライダーは語りだした。その時、一体何が起こったのか、桜の身に、何が起こったのかを――――。


幕間・回想、語り部の夜

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