〜Fate GoldenMoon〜
〜邂逅螺旋〜
桜を客間のベッドに寝かせる。ライダーとイリヤに頼み、寝巻きに着替えさせられた華奢な身体を横たわらせる。
青白い身体は眠っているというよりも、衰弱しているかのように冷たかった。
「桜……」
囁くように静かに呼びかけるが、桜に反応は無い。
部屋の中を暑くしないように、クーラーをつけて部屋を出た。
「桜を寝かせてきたけど、一体、何があったんだ?」
居間に戻り、そこに立っているライダーに声をかける。
部屋のすみ、そこに静かに佇む黒色の美女は、イリヤとギルガメッシュに睨まれたままで、面白そうに微笑んだ。
「詳しいことは、これから話します。それはそうと、監視を緩めていただきますか?」
「あ、ああ。ギルガメッシュ、そんなに警戒するな。今は敵じゃないって言ってるんだから」
掛けられた声に、ギルガメッシュは大きく肩をすくめると、また扇風機の前に座り込んでしまった。
イリヤの方はというと――――険しい表情のまま、ライダーを睨んでいる。
「ともかく、立ちっぱなしもなんだろう。座ってくれ……何か、飲み物は?」
「コーヒーを一杯、砂糖もミルクも入れず、ブラックで」
「あ、シロウ、私は麦茶ね。氷入りの冷えたやつ」
「ああ、分かった」
ライダーとイリヤの返答を聞き、俺は台所に向かう。
ふと、心づいて、俺は後、別に飲み物を用意した。しばらくして、カップに四つの飲み物を入れ、俺は居間に戻る。
居間のの中央にあるテーブルに、向かい合わせに座るように、正座をしたライダーと、不機嫌そうに足を伸ばして座るイリヤの姿があった。
俺は苦笑し、ライダーの前に、ブラックコーヒーのマグカップを、イリヤの前に、麦茶を入れたコップを置いた。
自分の座る場所に、イリヤと同じ、麦茶のコップを置くと――――
「ほら、ギルガメッシュも」
残る一つ、ソーサー付のカップを、そっぽを向いて扇風機に当たっているギルガメッシュに渡した。
ギルガメッシュは不満そうに俺を見ていたが、何も言わず、カップの中身に口をつけた。
「……ふむ、悪くは無いな」
カップの中身は、紅茶に、レモンを数滴たらしたもの。どうやら気に入ったのか、ギルガメッシュは相好を崩し、風に当たる。
ふと、視線を移すと、そんな光景を面白そうに見ているライダーの姿があった。
「な、何だよ」
「いえ、半年前とは違う英霊を呼び出したのですね。イリヤスフィールもいるので、その人は彼女の英霊と思ったのですが」
その言葉に込められた意味に気づき、俺はハッと、ライダーを見つめた。
今回、呼び出されたというのなら、半年前のこと――――俺とセイバーのことも知っているはずは無かったのだ。
「待ってくれ、それじゃあアンタは――――」
「はい、私は半年前の聖杯戦争、ライダーの英霊として召還されたものです」
静かな言葉を発した彼女は、静かな表情で、俺と向き合った。
聖杯戦争の中盤――――高層ビルでの戦いを思い起こし、背に冷たいものがよぎった。
そうだ、彼女がいるということは――――
「じゃあ、慎二も生きているって言うのか? たしか、アンタのマスターは……」
「その期待は残念ですが、違うと返答します。そも、私のマスターは……」
苦笑のような、困ったような表情を一瞬浮かべ、ライダーは、
「私のマスターはサクラなのですから」
とんでもないことを、口にした。
言葉が、喉につっかえて、出ることは無かった。呆然とする俺に、気の毒そうに目を向けて、ライダーは語りだす。
「あの時、屋上での戦いで、セイバーの聖剣に切り裂かれた瞬間、私はサクラの力で間桐の館の地下へと呼び戻されたのです」
ちょうどその場面を見ていた、貴方やシンジには、私が消えたように見えたでしょうが、とライダーは続ける。
つまり、どうやら本当にサクラの英霊がライダーなのだそうだ。
「それから二週間……身体中を灼く傷を修復し、まともに活動できる頃には、聖杯戦争は終幕を迎えていました」
ライダーは、静かに語り、前に置かれていたコーヒーに口をつける。
香りを楽しむように、息をつくと、彼女は俺のほうに向き直る。眼帯に隠れているとはいえ、整った顔はさすがに綺麗だった。
「それから私は、常にサクラの護り手として、貴方がたの傍に控えていました。もっとも、気づかせるような愚は冒さなかったと思いますが」
「ああ、たしかに気づかなかった。でも、なんでだ? 聖杯戦争が終わったら、英霊は消えるだけなんじゃ……」
俺の質問はもっともだったのか、ライダーも静かに質問に頷いた。
「そのことですが、英霊は魔力でこの世に具現している。つまり、魔力がある限りは存在し続けることが出来るのです。本来、聖杯が無ければ魔力は不足するのですが」
「……そこで、何故、我を見る?」
「サクラの祖父である魔術師に聞いたことがあります。半年前の戦争時、その十年前より、魔力を蓄え、覇権を得ようとした金色の英霊が居たと」
ギルガメッシュを見据え、ライダーは淡々とした口調でギルガメッシュを見続ける。
そこに、真実に繋がるものが有るとでも言うように。ギルガメッシュはその様子に不機嫌そうな表情を見せた。
「ええと、ライダー。確かにギルガメッシュは半年前にいたけど、ここにいるギルガメッシュとは……」
「ええ、そのようですね。半年前に感じた魔力は、規模も醜悪さも桁が違ってましたから。おそらくは、こちらが本来のこの方の姿だったのでしょう」
軽く肩をすくめ、どことなく興味深そうにギルガメッシュを見るライダー。
ギルガメッシュの方はというと、そんなライダーの様子に、まあます不機嫌そうになった。
「その英霊が滅びたとき、あふれた魔力がこの街全体を覆ったのだそうです。そのおかげで、私が現存できるくらいの魔力を得ることになった」
「――――」
「お礼を申すべきでしょうね、英雄王。貴方の妄執のおかげで、私は生き延びることができた」
「止めろ。関わりの無いところで感謝される筋合いは無い」
なんといいうか、ライダーのその飄々とした仕草に、手玉に取られるのを、嫌がっているようにも感じる。
まぁ、ライダーみたいなタイプは、俺も苦手だ。何となく、こっちを玩ぶ様な態度は、遠坂の時折見せる表情に似ているようにも思えた。
俺はため息をつき、麦茶を口に含む。苦味のある液体で喉を落ち着けると、ともかく質問をしようと口を開いた。
「ともかく、ライダーのいる理由は分かった。桜の英霊だってことも、それで、改めて聞くんだが、いったい何があったんだ?」
「……それは」
俺の質問に、ライダーは、口ごもり……。
ガランガランガラン……!
重い鈴の音と共に、屋敷内の照明が落ちた。
これは、屋敷内の侵入者が有ったときに出る合図――――そう思ったときには、すでにライダーはその場に立ち上がっていた。
「どうやら、追っ手が来たようです。できれば、撃退に力を貸していただきたいのですが」
「追っ手? それってどういう――――」
「相手は、サクラに拘っているようです、そうでなければ、後ろ盾を失ったサクラに追っ手を差し向けることも無いでしょうから」
言うだけ言って、ライダーは中庭に飛び出していった。
説明は何も無い。だけど、話を聞く限り、狙いはサクラだろう。とすれば、看過できることではなかった。
「ギルガメッシュ、侵入者の特定はできるか? 何人いるかとか」
「そうだな……見立ての限りでは、中庭に二人、そこそこの使い手のようだ。あの娘一人では、少々手に余るだろうが」
どうせ、助けに行くのだろう? と、見透かされるような瞳が、俺を見る。
その視線に、俺の決心は固まった。
「ああ、行くぞ、ギルガメッシュ。イリヤはここにいてくれ。もし、他に侵入者を感じたら、大至急知らせてくれよ」
「うん、気をつけてね、シロウ」
頷くイリヤを残し、俺はギルガメッシュと共に、中庭に飛び出した。
すでに、周囲は夜の闇に覆われている。あれだけあった雨雲は吹き払われ、頭上には金色の月が浮かんでいた。
中庭には3つの影がある。
月光を受け、対峙する影。そのうち一つは、漆黒の英霊、ライダー。
「ほう、どこに隠れたかと思えば、見知った顔がいるようだな」
駆ける俺達の姿を見咎め、長い得物をもった影が、面白そうに破顔したのがわかった。
あれは、確か柳洞寺の山門を護っていた、アサシンの英霊。
「ああ、まさかこういう事で、積年の願いが成就するとはな」
「あ、アンタは――――!?」
そうして、もう一人。3つ目の影に対峙したとき、俺は思わず口ごもった。
月明かりを受け、浮かび上がったのは赤い色の外套。見忘れることは無い。半年前、遠坂を護るために命を捨てた英霊。
「アーチャー……」
「驚いているようだな、衛宮士郎」
何故、こんな所にいるのか。その質問を声に出そうとして、俺はためらった。
無骨な長身から発するその気配は、紛れも無い殺気。
「ここであったのも、何かの縁だろう。衛宮士郎……その命、取らせてもらう」
声が出ない、喉がかすれる。分かる、分かってしまう、俺では『あの英霊』には勝てはしない――――。
「随分と、図々しい輩だな、侵入者」
その時、自信に満ちた声が、俺の恐れを粉々に吹き飛ばした。
俺の前に出るように、ずい、と進み出たのは金色の英雄王。その姿を見て、赤い騎士にも動揺が走る。
「貴様、何故ここにいる――――!?」
「何故か、だと? 我を呼び出した者が居たからに決まっておろう? さて、それではマスター、あれを倒しても良いのだな?」
躊躇いも何も無いその質問に、俺は何故か、痛快な気持ちになった。
見ると、アーチャーも何故か、非常に愉快そうな表情を見せていた。
「皮肉なものだ、敵であった最高の存在が、至高の守りとなるとはな」
その手に生まれるのは、黒白の双刀。そうして、その背後には、まるでギルガメッシュのように、虚空より生み出される無数の刀剣――――。
その様子を見て、ギルガメッシュも自らの武器を展開する。
「良いだろう、過去の清算、それくらいの障害が無ければ、歯ごたえもないというものだ」
「偽者(フェイカー)か、厄介な相手ではあるな」
互いに睨みあい、戦士としての笑みを浮かべ――――それを見て、俺は大きく下がる。
英雄王、対、アーチャー。決して実現しないであろう戦いは、運命のいたずらか、このような形で実現することになった。
頭上に浮かぶ月の元、剣戟が響く。
機先を制するように、ライダーが宙を蹴り、アサシンがそれを迎撃する。
その音が合図かのように――――、
「往くぞ、古代の英雄王よ――――!」
「我に刃向う者よ、その魂、千々に引き裂いてくれるわ!」
アーチャーの無数の刀剣と、英雄王の膨大な武具が、互いに豪雨のようにぶつかり合ったのだった。
〜幕間・月華美人〜
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