〜Fate GoldenMoon〜 

幕間・月華美人



月光の元、照らされる庭を疾駆し、両者は互いに旋風のように駆け巡る。
虚空を流れる彗星のように、宙を飛び、黒狼のようなしなやかさで地を疾駆するライダー。

しかし、その疾さを上回り、なお彼女を追い詰めているのは、着物に身を包んだ、長物使いの剣士だった。
力こそ、セイバーに劣るものの、その切れ味は流麗華美――――まさにその剣閃は、一種の芸術品であると言えた。

「くっ……!」

ライダーは、青年に肉薄しようとし、しかし、その振り回される物干し竿の刃の間合いより中に、入れずにいた。
それは、獣の本能であろう、知らずに踏み込めば、確実に首を両断されるその瞬間、ライダーは反射的に回避行動に移っている。

青年は、自ら攻め込もうとはしない。己が剣の特性を理解している彼は、自らをして、思い切った踏み込みをしない。
しかし、それはあくまでも攻めの話。己が間合いに入ったら容赦なく剣を振る身体は、ライダーの方に向かって常に前進していた。

ライダーが下がれば、それと同速度で青年は前進する。全力での跳躍でもないのに、それでライダーと青年の間合いは再び同位置に戻る。
それはつまり、本気のアサシンの速さは、ライダーのそれを上回っているといえた。

「ほう、なかなかに出来るな。美しさは華玉の如く有るというのに、その身軽さ豪胆さは、彼の宮本武蔵に匹敵しよう」
「――――……」

心底楽しそうに佇むアサシンに、ライダーは付け入る隙を探すが、今を持ってそれを見つけ出せずにいた。
いかな開けた場所とはいえ、屋敷に面した庭は、彼女の得意とする騎乗戦法を妨げていた。

アサシンの間合いであるこの場所でペガサスを呼び寄せても、即座に切り伏せられるだろう。
加えて、屋敷にはいまだ、桜が残っている。彼女の身を危険にさらすような戦いは、できなかった。

再び、ライダーは宙を舞う。物干し竿と呼ばれる刀を持ち、無業の構えを持つアサシンに一撃を入れようとするが――――、
交錯すること一秒、刹那の間に十数合の剣戟を合わせ、再び両者は飛び退った。

「く――――……」
「どうやら、接近戦は苦手と見えるな、せっかくの武器が泣いているぞ」

苦悶の表情に顔をゆがめるライダーに、諭す様にアサシンは言う。
だが、次の瞬間……その表情が驚愕にゆがんだ。その脇腹、着物の横腹を僅かに裂き、傷がその身に付けられていたのだ。

「驚いた、速さにおいては負けぬように修練をつんできたが、この身に傷をつける者がいるとはな」
「感心している場合ではないのでは? 見たところ、貴方の防御力は私よりも下。一撃を受ければ致命傷になるはず」
「――――は、確かにそうだな。だが、その一撃を出させはしまいよ」



ゆらりと、青年の構えが変わる。今までの受け流す不動の体勢とは違う。
振りぬき、切り伏せるその構えは、明らかに攻めに特化した体勢。しかし、それはライダーにとっても勝機といえた。

今までは、どれほど攻撃を仕掛けても、柳のようにしなりのある体制は、彼女の攻撃を悉く無効化していた。
だが、明らかに今のアサシンの構えは、防御においては先ほどとは雲泥の差異がある。
故に、ライダーも動く。彼女の狙いは、先ほどと同じ脇腹、相手の剣が届く前に、その部位を噛み千切る――――!

刀の届かない、ギリギリの間合いを、ライダーは駆ける。周囲を旋回し、徐々にその速度を吊り上げ――――、
自らの限界速度、最高速を持ち、アサシンの背後に回り、その間合いの中に飛びいる!!

「秘剣――――」

その剣の初速、加速する前の速度よりも、ライダーの速さは上。しかし、すぐにその力関係は逆転される。
何万回、何億回と磨き上げられた剣閃は、即座に勢いを増し、彼女の頭部を粉砕しようと振り下ろされ――――しかし、それすら彼女は予測済みだった。

「燕返し!」

真っ向からの速さ勝負では、アサシンに分があるだろう。だが、真っ向勝負だからこそ、得られるものもある。
その視線は、確実に彼女の頭部に狙いをつけ――――ライダーの視線とアサシンの視線が絡み合った。

「!?」

驚愕に、アサシンの表情がこわばる。アサシンの身体が止まる、コンマ数秒……その瞬間、ライダーはさらに間合いを詰めようとする。
アサシンの周囲を回っている間に、自らの眼帯を彼女はむしりとっていたのだ。
その瞳には、神秘の魔眼、キュベレイ――――その力を持って、彼女はこの一撃に賭ける。

アサシンの身体は石化により、動かない。彼女は、手に持った武器を叩きつけようとし――――、

ブオッ!

「なっ――――!?」

ほとんど、直感といっていいだろう。石化したはずのアサシンの『袈裟懸けの一撃』を、彼女は身を引いてかわし、

ブオッ! ブシュッ!!

「が――――!」

……全く同時に、アサシンの『横なぎの一撃』を腹部に受け、彼女は吹き飛ばされた。



黒い身体が、二転、三転する。大きく弾かれ、それでも身を起こしたライダーの腹部には、致命傷に近い傷がつけられていた。
目の前に起こった状況に、信じがたい表情で、ライダーはアサシンを見る。

当の本人はというと、こちらもまた、不服そうな表情を見せていた。

「やれやれ、そのような隠し技を持っているとは、やはり美人というのは油断ならないな」
「くっ、貴方こそ、今の技は――――」
「ああ、燕返しのことか? なに、剣の修行より産み出た戯れの技よ。我流ゆえ、この技しか持ちえぬがな」

事も無げに言う青年に、ライダーは殺意を持った目で睨みつける。
戯れの技などといいつつも、その剣技は神域に達するものだった。彼女の目には、振るわれるはずの無い剣戟が、同時に振るわれたのが見えた。

もし、魔眼による石化がなければ、彼女は確実に三撃のうち二撃を喰らい、仕留められていただろう。
あれを防ぐ手立ての無いことを、彼女は身をもって理解した。あれを封じるには、それこそ『騎英の手綱』のような、飛び道具に頼るしかないのだが――――。

「――――」

腹部を押さえ、うずくまるライダー。燕返しの一撃は、確実にライダーの身体を捕らえていたのだ。
その傷は、決して浅いといえなかった。後一歩踏み込んでいたら、確実に身体が両断されていただろう。

「さて、続きをしようか。それと、残念だが魔眼とやらは当てにしないほうがいいぞ。なぜなら」
「ぇ――――?」

アサシンの顔を見て、ライダーは呆然とする。丹精で、美人ともいえる顔についている両眼を、彼は閉じていた。
そのまま、ゆらりと燕返しの構えに入る。それは、自ら目を閉じているのに、微細な乱れも生じていない。

明鏡止水、心眼と二つのスキルをもつ故に、目を閉じていても敵の位置、己が体勢を完全に制御している。
地に膝をつけ、ライダーは思案を巡らす。しかし、その構えのどこにも隙が見出せない。

まさに、八方ふさがりな状況だった。
思案の纏まらないライダーに向け、アサシンは必殺の構えのまま一歩を踏み出そうとし――――、



カッ! ボフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!

「ぬぅっ――――!?」

突如、閃光と爆風が、庭内を荒れ狂った。
荒れ狂う風に、アサシンは体勢を崩し、ライダーは吹き飛ばされないように身をかがめる。

そうして、嵐が収まった後、示し合わせたわけでもないのに、二人はそちらの方を向いた。
いまだ、風の収まらない庭の一角――――嵐の爆心地には、驚きの表情を浮かべる金色の英雄王、唸りを上げる剣を持つ、赤みがかった髪の少年。
そして、その少し離れた所、同じように唸りを上げる剣を持つ、赤い騎士の姿があった。


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