〜Fate GoldenMoon〜 

〜遠雷、蝉時雨より来たる〜



「ただいま〜」

買い物を済ませ、俺は家に戻ってきた。
靴を脱いで、居間へ向かう。途中の庭に面した廊下で、縁側に佇むイリヤの姿があった。

「ただいま、イリヤ」
「あ、お帰り、シロウ」

俺の姿を認め、イリヤは相変わらずの天真爛漫な表情で駆け寄ってきた。
肩の出ている、サマードレスをヒラヒラとたなびかせ、俺の周りをダンスを踊るように回る。

「ね、アイス買ってきてくれた?」
「ああ、ちゃんと買ってきたぞ。ともかく、溶けないように冷凍庫に入れてからな」
「うん」

イリヤが嬉しそうに頷いたその時、俺達の頭上に日が翳った。
見上げると、空一面を黒色の入道雲が覆い始めていた。

「これは、一雨くるかな……」

なんとなく、空気に湿り気のようなものを感じ、俺はイリヤを連れて部屋の中に入った。
居間では、相変わらずギルガメッシュがテレビを見ていた。英雄王は、居間に入ってきた俺を一瞥し、またテレビにと視線を戻した。

「ただいま、帰ったぞ」
「うむ、何事も無く、重畳なことだ」

良きかな良きかな、と、相変わらずのペースで扇風機の風に当たるギルガメッシュ。
テレビでは、相変わらず高校野球の中継が行われていた。

「全く、不甲斐ない。精鋭の集まりだと聞いたが、その中でも差異が出るものだな」

面白くなさそうに画面を見るギルガメッシュ。どうやら、大差の試合のようだ。
画面を見ると、スコアボードには7−0と表示されている。

「まだ、分からないぞ。野球は筋書きの無いドラマって言うしな。ひょっとしたら、逆転したりするかも」
「そう言うものか? 我には到底不可能に思えるのだがな」

そう話している間にも、大差をつけている相手のほうが、追加点を上げる。8−0になった。
ほら、見たことか、と言いたげなギルガメッシュに、俺は肩をすくめる。

その時、外の蝉時雨の音に混じるように、遠くから、雷の音が聞こえてきた。
中庭を覗くと、先ほどまで晴れ渡っていた空は、一面の灰色と黒色に塗りつぶされていた。

「洗濯物を取り込もう。イリヤ、手伝ってくれ」
「分かったわ。行きましょう、シロウ」

雨の降りそうな気配を感じ、俺はイリヤを伴い、中庭に出た。
中庭の洗濯竿から、手早く洗濯物を抜き取る。ほぼ、八割を取ったときだった。

ぽつ、ぽつ、ざざざざざ――――っ……

「うわ」
「きゃっ」

降り出したと思ったら、まさに大洪水。バケツの水をひっくり返した大雨は、容赦なく俺達を叩いた。
慌てて洗濯物を取り込んで、縁側に退避する時には、俺もイリヤもびしょぬれになっていた。
念のため用意していたビニールシートのおかげで、何とか洗濯物の大半は無事だったが、俺もイリヤもびしょぬれだった。

加えて、天気の気まぐれというかなんと言うか、縁側に逃げたとたん、雨はあっさりと止んでしまったのだ。

「もうっ、何なのよ、この雨はぁ――――っ!」

うがー、と怒りの声をあげるイリヤ。叫びたいのは、俺も一緒である。
とはいえ、天気に文句を言っても始まらない。灰色の空を見上げ、肩をすくめるくらいである。

「イリヤ、ともかくその格好じゃ夏といっても風邪を引くぞ。風呂を沸かすから、イリヤから入るように」
「うん……あ、そうだ」

何か思いついたイリヤを連れて、俺は風呂場へと向かった。



湯沸しのボタンを押して、風呂場を出る。
脱衣場に戻ると、イリヤは何とはなしに備えつきの鏡に向かって百面相をしていた。

怒ったり、笑ったり、しなを作ったり、と、鏡の中の自分を見ては、不満そうに小首をかしげている。
と、風呂場のほうを向き、見ていた俺と視線があった。

「見た?」
「見たよ」

しばしの沈黙の後、イリヤの顔が真っ赤になった。で、その直後、流し台にあった歯ブラシやらコップが投げつけられてきた!

「うわ、ちょっと待て、イリヤ!」

慌てて扉を閉める。ガコガコと、物が扉に当たる音。どうやらかなりご立腹のようだ。
扉を開けたら、また物が飛んできそうなので、出るに出られない状況。
そうして、しばらく時間が過ぎ、風呂にお湯が一杯になった時に鳴るアラームが音を出した。

「イリヤ、さっきの事は謝る。だからここから出してくれないか? このままじゃ、風呂にも入れないだろ」

まだご立腹しているだろう、扉の向うのイリヤに対し、俺は恐る恐る声をかけた。
しかし、俺の予想に反して、イリヤの返答は温厚なものだった。

「ううん、別に怒ってないわ。それよりも、早く出てきてよ、シロウ」
「あ、ああ……」

イリヤの言葉に、俺はホッとしてドアを開け――――そこには、下着も脱いで全裸になろうとしているイリヤがいた。

バタンッ!

「あっ、こらっ、何で閉めるのよ、シロウ!
「ばっ、何やってるんだ、イリヤ! 脱ぐんなら、俺が外に出てからにしろ!」

ガタガタと、扉を開けようとするイリヤを、俺は必死で止める。
が、赤いあくまならぬ、白い悪魔っ娘は、さも当然といった口調で、とんでもないことを言ってきた。

「お風呂に入るんだから、脱がないといけないじゃないの。どうせシロウも一緒に入るんだから、早いか遅いかの違いじゃない!」
「ちょっとまて、今さらりと問題発言をしなかったかっ!?」
「したわよ。でも、シロウに拒否権は無いわ。乙女の純情を踏みにじったって、タイガやリンに報告されたいの?」

そう言われては、俺に逃げ場は無かった。しかし、どっちにしてもばれたら、遠坂や桜や藤ねえに、よってたかって殺されそうだ。
ここは一つ、ことが穏便に済むように祈るようにしよう……。

そんなわけで、長い長い忍耐の時間が始まろうとしていた……。

幕間・白湯流音(18x)

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