スゴイ・・・妖夢の弾幕にはここまで仏教的な意味、見立てが隠されていたのか。
くわしくは
KEIYAさんのHP
で解説されております。
東方シリーズのキモはいうまでもなく、「弾幕」にあるわけですが、その美しさや
避けの心地よさといったもの意外に、ZUN氏のこだわっている部分として
弾幕のメッセージ性というのがある。
弾幕は単なる攻撃手段意外に、そのキャラクターの性格や能力、世界観を
表現した、メッセージ性も、持っている。
敵弾で思想や哲学を表現する・・・そんなシューティングゲームは知らない。
東方が多くのファンをもち、深く長く遊ばれているのも、そんなゲーム性と
演出の一体化にあるだろう。
妖夢のスペルカードの意味については、仏教思想が多く関係しているらしい。
KEIYAさん
の解説が詳しいのでそちらをご覧ください。
暇があれば自分でも、仏教思想について調べて、分析してみたいですね。
ZUN氏本人が解説している弾幕は人界剣「悟入幻想」のみで、それによれば
「人は気を抜くとすぐに悟った気になる。その勘違いで天に昇る魂に飲まれる事無く
人妖を狙い撃ちたい。それにしてもこの衆愚の魂達は鬱陶しい・・・。(ZUN)」
との事。
人界は人の世界だから、それより上の天界を目指して人の魂は上ろうとする。
天に昇ろうとする魂は悟りをひらいた魂だが、それは悟りをひらいた気になっているだけの
衆愚なのだ。ということだろう。衆愚の魂を弾幕にみたてているので、「鬱陶しい」というわけか。
人妖とは半人半霊の妖夢のことだろう。
しかし禅問答のような解釈の遊びがとても楽しい。
■楼観剣、白楼剣の名前の元ネタ
ところで、妖夢の楼観剣、白楼剣だけど、それらしい名前の剣は見当たらない。
剣は見当たらないけど、似た名前の洞窟ならありました。
滝観洞(ろうかんどう)と白蓮洞(びゃくれんどう)です。
場所は岩手県遠野にも近い、岩手県住田町。
この二つの洞窟は、位置的にも大変近く、ほぼ同じ観光エリアにある。
滝観洞の入洞チケットを買えば同じチケットで百蓮洞にも入れる。
セットの洞窟なのである。
洞窟がセットになってること、名前が似ていること、遠野に近いことなどを
考え合わせると、妖夢の楼観剣、白楼剣の元ネタになっている可能性は
高いと思う。
どうだろうか?
2007年8月3日