なんでもない日
 朝起きて、食事をとって、洗濯して、仕事して。
 気分が詰まったら、掃除する。
 まったく、どうして。1人の方が、規則正しい生活ができるんだろうか?


 ここ、2日、3日。いや、4日だったけ?シリウスは、頭の上がらない叔父さんに、どうしても断れない所用で借り出されていない。
 寂しいといったら、嘘だけど。寂しくないといっても、嘘になる。



 まず、気付くのは、シリウスの気配。僕には、100ヤード離れていても、シリウスの気配を探れる自信はある。
 だから、とうの昔に気付いているのに、それに気付いてないシリウスは、門限破りの学生のように、・・・・・・そんなしおらしくなかったな、ぼくらは。どちからっていうと、母親のいる家に帰る、朝帰りの娘?
そぉーっと、そぉーっと、玄関から帰って来る。
「おかえり」
 仕事は自分の部屋でする僕が、玄関から入ってきたシリウスを出迎えられたのは、たまたま、仕事に詰まって、お茶を飲んでたからであって、絶対に、待っていたわけじゃない。
 いないと思っていた僕の声に、びくりと引きつる背中に、出迎えの言葉をかける。
「早かったね。
 もう少し、放してもらえないかと思ってたよ」
 叔父さんも、お姉さんも、叔父さんの奥さんだけど、こう呼ばない機嫌が悪くなるそうだ。昔からシリウスを、それはそれは、迷惑なほど可愛がっていたから、手に入れたオモチャはそう簡単に手放さないと踏んでいたのだ。
 だから、邪魔者がいない間に、今回の仕事を終わらす算段だった、僕の計画は、丸つぶれ。
 こっちの都合もなく帰ってきたシリウスは、朝帰り娘の分際で、モノスゴック、物言いだけな、じっとりとした上目遣い。
 きっと、頭の中では、言いたいことが、ぐるぐるとしているんだろうけど、いつもの通り、ひとつ、大きく溜息をついて、諦めた。
「みやげだ」
 言葉は飲み込んで、変わりに、僕に渡したのは。
 最近ご無沙汰している、過去に何度か見たことのあるラッピング。
 朝帰り娘は、貢物でご機嫌を取る?
「きみ・・・・・・成長がないよ。
 いつまでも、子供とは違うんだから」
「いらないのか?」
 それとこれは、別。
 進歩のないきみを指摘するのは、成長に必要な要素だよ。
「いるけど。
 たまには、違うパターンで攻めてみようって気は、起こさないかな?」
「ちがうっ。
 思い出しただけだ」
「なにを?」
 と、また。シリウスは、固まる。
「なにをって。今日が、何の日か、判ってないのか?」
 と言われても。チョコレートを渡されるような、何かの日の心当たりは。
「誕生日は、とうの昔に終わったし。きみの誕生日は、ずっと先。
 ゴミの日でもないし。仕事明けって訳でもない。
 ――――
 満月でも、ない」
 呆れつつ、本当は、このまま背を向けたいのを、一生懸命我慢しているシリウスに、健康に悪いから、素直に不貞寝してもいいよといったら、きっと余計に落ち込むだろう。
「今日は、2月14日だ」
「だから?」
「おまえは、2月14日といわれて、何も思いつかないのかっ」
「なにか、あったけ?
 リリーの誕生日でもない。ジェームズでもない。
 ハリーは、勿論違うし。ハーマイオニーも違う」
 どーして、俺が、他人の誕生日で、おまえにチョコをやる。
 と、内心で、叫んでいても、表面上は、冷静を保つ努力を惜しまない。それも、あとちょっとの無駄な努力に違いない。
「誕生日から離れろ。
 どちらかって言えば、命日だ」
「あっ、それ、パス。
 僕に、いちいち覚えておくシュミは、ないよ」
 戦友たちはもとより、敵だって、えらく死亡率の高い職場なのだ。カレンダーの殆どが、誰かの命日状態なら、年に一度まとめてやった方が、効率もいいし、忘れなくていい。
 誕生日をまとめて祝ったら、相手が生きてる分、不要な摩擦が起こるけど、相手は既にいないので、慰霊と称すれば、問題なし。だから、僕以外にも賛同者は結構いたりする。
「ちがうっ」
 しかし、アレでいて、義理堅いシリウスには、あんまりウケが良くない。
「そうじゃあ、なくってだな。
 もっと、こう。全般的な命日だ」
 指摘されるまでもなく、命日とチョコは関連がない。
 じゃあ、何の日なんだろ?

「いや、もう。いい。
 とにかく、それは、やる。
 ありがたく、食ってくれ」

 しょんぼりと項垂れて居間を出て行く後姿は、やっと、諦めて、不貞寝をしに行くんだろう。
 まぁ、暫らく、寝室は立ち入り禁止状態になるけれど、当座、寝室にもシリウスにも、用はないから、まっ、いいか。
 でも、シリウス。出来たら、今日が何の日か、教えてくれてから不貞寝をしてくれないかな。おかげで、折角のチョコレートも、根拠不明で。あとでどんな代償を求められるか判らない、怪しいものなんか、食べるに食べられないよ。
不安な毎日」も続けてどうぞ
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