たんぽぽ畑。

 

 月臣学園への通学路。

 自宅へと徒歩で帰る途中、道路の向こう側に、空き地があった。

 もうこの通学路で学校へ行くのは2年目になるというのに、今更新しい発見があったことが驚きだ。

「はう……?」

 這うようにして咲く、黄色い花々と、それに混じって天を向く白い綿毛。

 誘われるように、理緒はその場所に足を向けたのだった。

 

 

 何故か、空き地には人の踏み入った痕跡がない。

 人がいないということで、地に咲いていた黄色い花――たんぽぽは、実にのびのびとその花弁を陽に当てていた。

「たんぽぽかぁ……」

 もう何年振りになるだろう、この花の名を口にするのは。

 この花を目にすること自体が久しぶりで、幼い頃、この綿毛を飽くことなく吹き飛ばして遊んだな、と回想する。

「……へへっ」

 1つ綿毛の茎を摘んで、自分の目の前まで持ってくる。

 自分がこの綿毛を吹く前に風が吹いてきたらどうしよう、とよく心配したものだった。

 春、いつもこの花と遊んでいた。

 いつもいつも、一人で。

 両親が一緒に遊んでくれるはずはなかったし、近くに同年代の友達もなく、ひとりで近所を走り回り、ひとりで公園のブランコに乗り、……ひとりでこうして、たんぽぽを摘んでは綿毛を飛ばした。

 そんな幼い頃の小さな記憶をふと思い返し、意識を目の前の綿毛へと戻すと、この時を待っていたとばかりに風が吹いた。

「あ、っ……!」

 吹き抜けた突風は、綿毛だけでなく理緒の細い指が持っていた茎さえも吹き飛ばしていく。

 また、幼い自分が脳裏を掠めた。

 風が吹くと、決まって綿毛は飛んで行ってしまう。

 自分はそれを止めることなんかできないし、もちろん、追いかけることだってできやしない。

 孤独感に襲われたのだ。こんな些細な、ほんの些細なことなのに。

 風が止むと、それが当然だとでも言うかのように辺りは静まってしまう。

 遠くに自動車の走りぬける声が聞こえるだけ。

「…………あ」

 再び現実に目を戻す。

 辺りを見回せば、自分は幼い頃のままだったのだ。

 周りには、誰もいない。

 何度思っただろう。

 “ずっとひとりでいるくらいなら、綿毛と共に飛んでいってしまいたい”と。

 

 

「お」

 間の抜けた声を上げて香介が見た先――空き地。

 けれど、空き地を見たくて見たわけではない。

 そこに、見慣れた姿があったから。

 灰色の髪、ツインテール、小さな体、……理緒。

「理緒っ」

 反射的にその名を呼ぶ。

 呼ぶと同時に、自転車を走らせる。

 無意識に、少しスピードが上がっていた。

 それが何かはわからないけれど、何かが香介を急がせた。

 道路を渡ってすぐのところに自転車を停めると、足早に彼女の元へと走りだす。

「りーおー」

 空き地の外から、小さな背中に向かって1度名を呼ぶ。

 ――返事はない。

 今度は中に入り、頭に軽く手を置いて、名を呼んだ。

「理緒」

「はうっ!?」

 そこでようやく、そこに誰がいるのか理解したようだった。

「び、びっくりしたよぉ……」

「驚いたのはこっちだ」

「あたしの方が驚いた! ……って、こーすけ君入ってきちゃダメだよ!!」

 言いながら、香介の体を何とか空き地から追い出そうと小さな体で懸命に押す。

 勿論、そんな攻撃が香介に効くはずもなく。

「は? 何でだよ」

 彼女の頭を軽く押さえて攻撃を阻止しつつ、訊ねた。

「こーすけ君は無神経だから、絶対たんぽぽ踏むでしょ!」

「たんぽぽ?」

 足元を見れば、すぐそこに黄色い花が咲いていた。

 理緒にそう言われなければ、まず間違いなく踏んでいただろう。

 普段だったら踏まないのかもしれないが、今の香介は花よりも理緒が心配で仕方なかったからだ。

「きゃっ」

「うおっ」

 今日は風が強い、と理緒は思った。

 2度目の突風が吹きぬけ、地に根を張ってそこにいた綿毛の多くが、その風に乗って、舞った。

「あ、」

 理緒は無意識に手を伸ばす。

 また、あたしをひとりにするの?

「! ……何してるの、こーすけ君」

「理緒を抱きしめてる」

 暖かい感覚が体を支配する。

 理緒が少しだけ首を動かすと、すぐそこには香介の顔があって、草や土の香りとは違う、彼の香りがした。

 ……へんなかんじ。

「……どうして」

「吹き飛ばされそうだったから」

「誰が」

「理緒が」

 何故か2人が同時にため息をつき、香介がもう一度強く理緒を抱きしめ、すぐに離れた。

 気がつけば、風は止んでいた。

「帰るぞ」

「……うん」

「その間は何だ。ほら、乗れ」

 彼がサドルに腰掛けると、彼女は軽く頷いて、その後ろに乗り込んだ。

 無言のまま、自転車が進む。

「こーすけ君」

「あ?」

「あたし、飛んでなんかいかないよ!」

 ――あなたが此処にいて、あたしと一緒にいてくれるなら。

「あぁ、重いもんな」

「重くないっ!!」

 

 

 ――綿毛がどんなに遠くに飛んでいっても、ひとりじゃないって思わせてくれるなら。

 

 

+++++++++++++あとがき。+++++++++++++

 えっと、500番を踏んでくださったるるな様に捧げます。

 リクは香介×理緒で、……ほのラブ書いたつもりなんですが違いますね。(爆死)

 まず、遅れすぎてごめんなさい。

 それと、長すぎなんですね、ええ。(爆)

 最初書いたら短くなりすぎたんで、頑張ったらこうなりました。

 理緒ちゃんの幼少時代はみんな想像で。

 何だかよくわかんなくなってしまいましたが、どうかもらってやって下さい……!!(切実)

 

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