いつまでもこうしていられたらいい。
喫煙時間。
「斉木! 斉木ってば!!」
煙草を口に銜えたままふと意識を現実世界に戻した。
眉毛をつりあげて何やら怒っている女、羽丘まどか。
休憩している為か、いつもはきっちり締めてあるネクタイは少し緩められ、幾分か表情にも余裕が感じられる。
とは言え余裕のなくなるような仕事ではないが、職場ということもあり俺を苗字で呼ぶあたりは彼女なりのけじめなのだろう。
「何だ、急に。喫煙時間を邪魔するな」
「何だとはなによ。せっかく話しかけてあげてるのに」
「恩着せがましいぞ。誰が話しかけて欲しいと言った。用があるのはお前だろう」
すっかり吸う気のなくなってしまった煙草を灰皿に押し付ける。
まだ火をつけて間もない。
後で煙草が切れてしまったときにきっと後悔するだろう。そう思いながらも火をもみ消した。
「用は何だ」
「えっとー……いい? 亨、怒らないで聞いて?」
両の手を顔の前で合わせて真剣に俺の目を見る。
……かなり、くだらない頼みごとだ。
いきなり名前で呼び始めたあたりから態度が違う。お前その辺もうちょっと研究しろ。
「今日の駐車違反リスト、これ」
「……だから?」
「まだ今日は半日残ってるけど、正午までの分をまとめとけって課長に言われたのよ」
「………だから?」
「私ってばこれから同じ課の子とランチなのよー」
「…………つまり?」
「これまとめといてっ」
最初からそう言えばいいものを。まどろっこしい上にイライラする。
最初から言ったからと言って軽く承諾する俺ではないけれど。
「ね? いいでしょ?」
「ダメだ」
「え゛! 何でよ! 斉木なら楽勝でしょ、そんなの! ちょろいちょろい♪」
「何で俺がお前の言うことをほいほい聞かなければならないんだ?」
「可愛い彼女のお願いだと思って。ね?」
「ほー。可愛い彼女とやらがどこにいるのか見てみたいものだな」
「いー加減にしないと怒るわよ?」
危ない危ない。
目の前のまどかの拳がわなわなと震えている。
こいつと付き合った事がある奴しかわからない本性。俺だって学生時代は知らなかった・
「もう正午だぞ。俺だって昼飯食うんだ」
「えー。でも、斉木はどうせ同じ課の連中とでしょ?」
「お前だってそうだろうが」
「私は外へランチなの。斉木はコンビニの弁当ってとこ? 署の中で済ませるんなら、こんな書類ちゃちゃっとさ」
筋が通っているようで、全然通っていない。
これなら断ることも容易いのだが、……署で妙な噂を立てられるのも気が引ける。
たかだかB5サイズのレポート用紙2枚をパソコンで1枚にまとめるだけだ。
……仕方ない。
「……解った。やっておくからとっとと行け」
「本当!? 亨さんきゅ!」
そうやって子供みたいな顔をして。そうすれば俺が動くと思ってるんだから、俺も弱みを握られたものだ。
ペラペラのB5レポート用紙2枚を受け取り、新しく煙草に火をつけ、ぱたぱたと出て行くまどかを見送る。
「あ、そうだ」
喫煙室から出て行こうとしていたまどかが、不意に振り返る。
とりあえず煙草を口から離して、言葉が発せられるのを待つ。
「今日、帰り何時くらい?」
「……悪い、今日は夜勤だ」
「そっか。美味しいフランス料理でも奢ってもらおうと思ったのに」
俺が奢るのか、と少しばかり睨んで言うと、まどかは冗談よと笑った。
「じゃ、また今度の機会ね」
「……今度はいつ会える」
「んー……どうだろ。明日は私が夜勤だし、……金曜かな、日勤は」
「そうか」
一息煙草を吸って、吐き出す。
まどかは煙たそうに軽く咳き込むと、ぱたぱたと目の前を仰いだ。
「斉木は金曜大丈夫なの?」
「ああ、多分な」
「だったらその時ね」
そうだな、とひとつ頷くと、今度こそ行ってくるわとまどかが一歩踏み出す。
「羽丘」
「な―――」
振り向いたその瞬間を狙って、軽く口付ける。
身長は高めだが華奢な彼女の体は、容易に俺の腕に収まってしまいそうで。
「書類代」
「……バカ」
顔を赤らめてまどかはぱたぱたと出て行く。
流石にやりすぎたか、と反省し、頭を掻いて大きく煙を吸い込む。
もしかしたら煙草の味がしてしまったかもしれない。
どうやったって俺がヘビースモーカーな以上、匂いは取れることがないだろうが、吸った直後とはこれ如何に。
「後で謝っておくか」
煙草を揉み消し、金曜は俺が奢ると告げるために、足早に喫煙室を出た。
単純なまどかのことだ、また無邪気に笑って“それくらい当然よね”とでも言うのだろう。
あいつのことは、俺が一番知っている。
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<あとがき。>
螺旋月間(予定)、第一作目になります斉まど。
斉まどに見えない! 見えないよ、どうしよう!!
喫煙室って打って気づいたんですけど、警察署って喫煙室も何もないですよね☆
休憩室と間違えた。ヤバい。(直せよ)
喫煙室って言ったら学校だよ。
しかし斉木さん、毎日のように本能の赴くまま生きてたら金無くなるんじゃ?(笑)
こういう斉まどが理想。何だかんだいってまどかさんに振り回されてる斉木さん。