● 春さがし。 ●
沢村史郎は、『春探し』にでかけていた。
春という季節は、人の心をやわらかくするらしい。
雨苗探しでピリピリしていた彼の心を、少しずつやわらげていく。
さあっ……。
この風に色をつけたら、きっと淡い桃色をしているんだろう。
春の、暖かい風。
冬の冷たい空気はどこかへ追いやられてしまったようだ。
暖かさに、思わず微笑んでしまう。
ふと、上を見上げる。
広い空を覆いつくすように咲き誇っている桜。
彼が春探しにでかけたのも、もとはと言えば桜が咲いていたからなのだ。
『近所の桜が綺麗だった』から。
ただ、それだけ。
使い捨てのカメラを持って。
1人で、花見にでかけた。
そのうちに、道でたくさんの『春』を見つけて。
もっとたくさんの『春』を見つけようと思い立ったのだ。
「まずは目的地到達……っと」
彼の足を動かせた、近所の桜。
カメラのレンズを覗く。
薄桃色の花が、レンズの中でよく映えて見える。
「よし! 1枚目〜」
早咲きの桜。
今、目に焼き付けておかなければ、すぐに散ってしまう。
ほら、もう葉が顔を出している。
1年に1度しか咲かない、桜を。
しっかりとカメラに収めることができた喜びからか、自然と顔が緩む。
そしてまた、歩き出す。
この街にはまだ、『春』がたくさんある。
たんぽぽ、菜の花。
自分の髪と同じ色の、黄色い花々。
チューリップも、緑色の芽を出し始めた。
それを1つ1つ、写真に収めていく
春が来た。
実感が湧く。
史郎が、目的地から次の『春』を探しに歩き始めた頃。
伊万里もまた、
「今日は沢村サーチじゃなくて、春探しにしようー!」
と、思い立ち、ご近所を歩いてまわっていた。
春の風物詩、桜をそこらじゅうで見てまわって。
黄色い、たんぽぽやら菜の花やらを見てまわって。
花が咲き乱れて。
風が吹く度に、淡く色づいた桜の花びらが舞う。
自然と、足取りも軽い。
街をこんな風に歩くことなどめったになくて。
新たな発見があった。
河が汚れているとか。
ごみがたくさん落ちてるとか。
人間の愚かさがわかったり。
いろいろな発見があった。
ひとつ、大人になった気がした。
萌黄たちは、「そんなの小学校低学年の生活科の授業でやることだ」
って、言ってたけど。
そうでもないみたいよ?
歩いてるだけで結構楽しいんだぁ。
結構緑もたくさんあったんだなぁ、って思う。
「んー、ここに沢村がいたら最高級に幸せなんだけどなぁ……」
神様はいぢわるだから。
いっぺんに幸せはたくさんくれないんだよね?
わかってるから、また、川沿いの道を歩き出す。
一方、史郎は。
抜け道を発見し、まるで子供に戻ったような気分でどんどん先に続いていく。
黄緑色のパーカーが辺りと同化している。
「……うっわ……」
小高い丘。
緑の芝。
小説や、絵、漫画の中にしかないような世界があった。
丘の上には、大きな桜の大木が立っていて、周りには誰もいない。
陽光だけがさんさんと降り注ぐ。
「こんなところもあったんだ……」
今だけはなんちゃってカメラマンの史郎。
まずは遠くから1枚。
綺麗だ。
今まで見た桜より、ずっとずっと桃色が映えて、綺麗に見える。
「もう、春か……」
季節の過ぎるのは早いもので。
もう春が来て。
すぐに夏が来るだろう。
「いろんな事があったなぁ……」
いろいろなこと。
考え始めればキリがない。
めまぐるしく変わっていく、自分の世界。
ごろん、と。
大木のすぐ側に寝転がる。
春の香り。
芝の上。
カメラを投げ出す。
頬に芝のチクチクした感じがして、どことなくくすぐったいような感じ。
風が吹くと、それは増して。
春の昼下がり。
ぽかぽか暖かい陽気と。
小鳥のさえずり。
風の音。
理想の世界に。
沢村史郎はいた。
そして、伊万里。
彼女もまた、史郎と同じ抜け道を見つけ。
奥へ進んでいくと。
そこには。
彼の見つけた理想郷があった。
「わぁ……っ」
春を探しにきただけで、こんなにいい場所にめぐりあえた。
運命というものに大感謝だ。
「おっきな桜の木……。それに、芝ッ!! 本とかでしか見れないよぉ、こんな場所……」
まともな本も読まないが。
いや、恋愛関係の読書には目覚めたが。
いまいち極意が理解できていないらしい。
「はぁ……。もう、ため息しか出ないね……」
その桜の美しさといったら。
風で花びらが舞い散る度に、恐ろしいほど緊張する。
そんな思いを抱きながら、大木へと歩を進める。
「っうわぁ!?」
何かにつまづいた。
色が同じっぽくて、よくわかんなかった。
金髪。
黄緑色のパーカー。
整った顔つき。
………彼だ。
「さ……わむらッ!?」
よくよく見れば。
眠っている。
春の陽気の真ん中で。
無邪気な寝顔と転がったカメラ。
「ふっ……ふふふふふふふふぅ〜♪」
怪しい笑いをすると、伊万里は転がったカメラを手に取る。
そして。
「シャッターチャーンスっ!!!」
寝顔を写真に収める事ができた!!
しかも沢村のカメラでッ!!
そんなこんなで伊万里は幸せの絶頂にいた。
我に返る。
はて、沢村のカメラ……?
ってことは写真自体を手に入れることができないッ!!
後先考えないという性格のばちが当たったか。
俗に、この事を世間は「後の祭り」という。
「くっそぉ……」
悔しがってももう遅い。
「……ま、いっかぁ……。目に焼き付けとけばいいんだもんね……」
どうやら、春という季節は誰の心でもやわらかくしてしまうらしい。
いつもだったら、叫びつづけているであろう伊万里の表情も。
やわらかくて、暖かな微笑みを眠る史郎に投げかけている。
「あとは……。彼女になれば、いつでも見られるのになぁ……この寝顔」
彼女になれば。
今はなれそうにもないけど。
もう少し頑張れば。
なれるかな?
「!! いいこと思いついちゃったよ〜んだぁ♪」
言うと、伊万里は行動を開始する。
史郎のすぐ横に座り込むと、徐々に顔を近づけていく。
彼の頬に、伊万里の唇が触れた瞬間。
ざあっ……。
今度は強い風。突風。
大木の桜の花びらが一斉に舞う。
一瞬で風が吹き終わり。
伊万里も風が止むのと同時に唇を離す。
一瞬だけ。
軽く触れただけ。
彼はまだ、眠っている。
「………ん……」
子供のような寝顔。
眩しいくらいに輝く金髪。
「……へへっ…。かーわいい……」
多少では起きないだろうと思い、史郎の頬をつついてみる。
起きる気配はない。
「……マジで好きなんだからね、沢村……」
そう、呟く。
きっと誰も聞いていない。
自然と顔がほころぶ。
「……さんきゅ」
「ふえ?」
小さな告白を、言い終わった時。
史郎が片目だけを開けて、言った。
「え……。え? えええええ!?」
「ごめん。ずっと聞いてたし、見てた」
「どのへんからっ!?」
「……キスされて目が覚めた」
「ふ……ふええええええ!!!」
不覚。
これじゃあ沢村に嫌われてしまう、と内心焦り、不安になる伊万里。
ずっと見てたし聞いてたなんて!!
「ごっ……ごめん……」
今にも消え入りそうな声。
きっと自分は悪いことをしたんだ。
嫌われるかもしれない。
そんな不安から。
「何で謝るの……?」
「だ……だってっ!! 沢村には雨苗いるし……それに、寝てる間だった
からって……」
「…………」
史郎は、目を見開いて伊万里をじっと見つめる。
その間、伊万里は話を続ける。
「それに……」
「それに?」
「嫌われたくないから……。沢村に嫌われるのが怖いの……」
ぎゅっと。
スカートの裾をつかんで、言う。
その声は、不安でいっぱいだったように史郎には聞こえた。
「……嫌えないよ。嫌えるわけないじゃん」
「沢村……?」
いつもの、眩しい笑顔で史郎は答えた。
「こんな俺をさ。ずっと好きでいてくれてる人を嫌えるわけないよ」
「こんな、って……。沢村はすっごい素敵な人だよ!!
だから……
だから、好きになったんだもん……」
「……好きでいてくれて……嬉しいけど、でも……」
「雨苗、いるもんね。わかってるよ。あたし、そこまで子供じゃない」
「……だよな」
言って、史郎は苦笑する。
そんな顔も、伊万里が大好きな彼の表情のひとつ。
「でもっ!!」
「でも?」
「わかってるけど……そんなに子供じゃないけど……。あたし、諦め悪いから!!」
伊万里の言葉を、史郎は目をぱちぱちさせながら聞いている。
「だから!! 絶っっっ対に諦めないんだからねっ!!!」
「……ははっ」
寝転んだまま、彼は笑って。
その後、伊万里の目を見つめて「うん、了解」と言った。
「……綺麗だよなぁ、桜」
「うん……。こんな所があるなんて知らなかったよ」
「俺も」
「早咲きだよね、今年の桜!」
「うん」
「神様も、春が待ちきれなかったのかな?」
「ずいぶんと可愛いこと言うんだね、関口」
「あたしが可愛いこと言っちゃいけない?」
「いや? 意外だなぁ、と思ってさ」
意外。
確かにそうかもしれない、と伊万里は頭を抱えてみる。
「ねえ。沢村?」
「ん?」
次には、伊万里も芝の上に横になって、史郎の隣に寝転がる。
「あたし、どうしたらもっと可愛くなれると思う?」
普通はしない質問。
けど、恋してる相手に聞く方が確実だと思って。
「関口は今のままが1番いいと思う。恋してる女の子は、誰でも可愛いんだよ」
言って、史郎はまた笑顔になる。
つられて、伊万里も微笑む。
「……記念撮影。しよっか?」
「え? いいの!?」
「ん。ツーショット。現像できたら焼き増ししとくよ」
「ありがと〜!! 沢村とツーショット撮れるなんて幸せすぎるよぅ〜!!」
「そんなに喜ぶことじゃないって……」
史郎は苦笑して、まだ伊万里の手に握られていたカメラをそっと撮る。
「はうっ! ごめん。あたし、1枚そのカメラで写真撮っちゃったんだけど……」
申しわけなさそうに。
伊万里は頭を下げる。
「写真て? 桜の?」
「ちゃうちゃう」
「じゃあ……何?」
「……沢村の寝顔」
一瞬、時が止まった。
そして、史郎は腹を抱えて笑い出す。
「ははははっ!! 俺の寝顔なんか撮っていいことなんかないだろぉ!!」
「あたしにとっては重要アイテムなんだからぁ!!
もうっ! そんな笑わないでよぉ!」
「あー、おかしい……。わかった。その写真、できたらそのままあげるよ」
「いいのっ!?」
「だって、自分で自分の寝顔の写真欲しい奴なんていないだろ?」
「ありがと〜!! ほんっと、沢村って優しいね……」
「そんなことないよ。……じゃ、写真撮ろうか」
「……うんっ!」
2人は起き上がる。
風に舞った桜の花弁が、頭についていて。
「よっし! 撮るよ〜?」
史郎が腕を伸ばして、2人がレンズに入るように遠ざける。
「ほらっ! もっと寄らないと入んないよ?」
そう言って。
空いたもう片方の腕で伊万里の肩を引き寄せる。
「ふ・・・ふえええええ!?」
「驚くことないって。ほら、撮るよ?」
「……う、うんっ」
満面の笑顔で頷くと、伊万里はもっと史郎の方に身を寄せる。
「はいっ、チーズっ!!」
カシャっと音がして、2人の姿がフィルムに記憶される。
「ね、沢村……?」
「ん?」
「春に免じて、もうちょっとこのままいていい……?」
「……いいよ」
春がやってきた。
いつもより、少し早い春。
桜の花もいつもより早く目が覚めて。
道端にも、川沿いにも。
春は来た。
そして。
ここにも。
小さな春がやってきた・・・。
++++++++あとがき。++++++++
珍しく原作重視(?)してるなぁ。(ぇ)
だって、いつも書くさわいまだったら、寝てるのは伊万里ちゃんだし。
……寝込みを襲え、さわm(強制終了)
みたいな感じだから。ああ珍しい。
多分、月ごとに書いてみよう企画を勝手に計画して4月書いたら終わったもの。(爆)
つまり、この話は4月のものか。
MOから無理矢理引っ張り出してみた。
つーか長ッ!!(気づくの遅)
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