傷跡と風と君の還る場所。
「……どうしたの、その傷」
ああ、と彼女が読みかけの本を置いて、右手の人差し指を俺にそっと見せた。
綺麗な白くて細い指に、小さな傷。
「本を読んでたら切ったの」
「ふうん」
本のページをめくる彼女の指。
ひとつの芸術ともいえそうなその指を傷つけた紙を、俺は羨ましいとさえ思ってしまった。
――これじゃ変態じゃないか。
「大変だったのよ。結構深く切っちゃったみたいで、気に入ってた本に血がついて」
「その本に?」
「そう」
見せて、とは言わず、ただ目をじっと見つめてみた。
そうでなくとも、彼女に俺の意向は伝わっていたようで、静かにそのページをめくる。
喫茶店の、妙な騒がしさが俺達の場所でだけ消えていた気がした。
「……へえ。雨苗の血か。赤いな」
「そりゃあ、普通の人間だもの」
「俺のより綺麗だよ、多分」
当然じゃない、貴方と一緒にしないで。
冷たく一言彼女はそう吐き捨て、その後すぐ笑みを零した。
似合わないんだ、そんな言動は。思ってもいないくせに。
「……貸して」
言うなり俺は彼女の手から本を奪い去る。
そのまま、ぽつっと小さく紙に染みている彼女の血痕に口付け、その箇所を撫でる。
血液の鉄っぽい味もするはずはなく、強いて言うならば紙の匂いがしたくらいだ。
「……何のつもり?」
「カッコいいじゃんか。血痕にキスして、さあケッコンしましょう、って?」
「……すごくつまらないんだけど」
けれど彼女は笑った。
それが彼女の優しさ、素直さ。
「そろそろ出る?」
時刻も2時を過ぎ、昼下がりともなると店に入る客が増えてくる。
うん、と相槌を打って、コーヒーカップの中の液体を飲み下す。
冷めてしまったそれは、いつも以上に苦く感じられた。
「……代金は俺持ち?」
からん、とドアを開け、先に外へ出ようとする彼女に声を掛けた。
微かに風が吹いているらしく、長い黒髪をそっと、あの傷のついた右手で押さえている。
「当然でしょう。あんなつまらないことを言うから」
つまらないこと、そう発音しているにも関わらず、彼女は思い出したように、また、くすくすと笑った。
「……わかった。すぐ戻るから」
言って、すぐ会計を済ませる。
新人らしい店員はレジスターの操作に手惑い、お釣りの何枚かの小銭を受け取るまでに数分かかってしまった。
「雨苗っ」
からん。
ドアの閉まる音。
吹き抜ける微かな風。
小さな傷を右手に負った彼女は、どこにもいなかった。
「………」
知っていたけれど。
普通の恋人同士じゃないことは。
「……ドタキャン代払わせるからな、雨苗」
彼女が何処へ行くのかなんて、さして気にならなかった。
彼女はきっと、ここへ、俺の隣へ戻ってくるのだろうし。
――きっと、今も“つまらないこと”を思い出してくすくすと笑っていてくれるはずだから。
Fin.
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<あとがき。>
脳内沢村×雨苗化が進んできてしまっている綾瀬です、すみません。
沢村×伊万里ももちろん好きですけどNE☆(何)
つまりは、沢村さん総攻めなら何でもよいのです。
あとは伊万里さん受けね。(無節操な)
雨苗のことは名前で呼んでほしくないです。
いつも青春純粋超ピュアな2人で☆(は?)
あー、どうしよう。さわあま化進んでるよー!!!!!(うっさい)
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