ただひとつ、問題だったのは。

 彼女は俺にとって素晴らしく苦手なタイプだったことだ。

 

 

 彼女は、今も。

 

 

「鳴海さんっ」

「あ? 何だよ」

「うふふ〜、これ。差し上げますvv」

 月臣学園2年、新聞部部長の結崎ひよのから渡された、小さな包み。

 とても女らしいラッピングだったのだが、当然、女らしいラッピングであるが故に男である俺にはあまり受け付けない。

「……地球外生命体が入ってるのか?」

「そんなこと言っちゃっていいんですか? 鳴海さん」

「……悪かった」

 あんたならやりそうだけどな、という言葉を飲み込んで、取り合えずは素直に謝っておく。

 そうしておかなければ、あとで何が起こるかわからない。

「で、何だ。コレは」

「な、ななな鳴海さん!! 今日は2月14日ですよ!?」

「ああ、そうだな。それがどうした」

「あああ……。これだから鈍感さんは困りますね。乙女の日ですよ、ヲトメの日!」

 何となく後者の変換が間違っている気がしないでもないが。

 通りで、と包みをぐるっと一周、見回した。

「ホワイトデー。期待してますよvv」

「勝手にしろ。俺が覚えてるかどうかは別問題だぞ」

 言って、席を立つ。

 長居すれば、また何か厄介なことを頼まされそうな気がした。

「あら、もうお帰りですか?」

「ああ、眠いしな」

「そうですか。私はまだ残りますのでv」

 ホワイトデー、忘れないでくださいよ!!

 廊下に出て、部室から数メートルは離れたというのに、そんな声が後方から聞こえた。

 

 

 

「バレンタインか」

 そういえば、スーパーでもコンビニでも特別コーナーが設けられていた。

 あんなに種類があって、世の中の女はどうやって1つを選んでいるのだろう。

 手作りの方が、金がかからなくていい。

 だから、平均的にチョコレートの価格が年間を通じて低下したりするんだ。

 わけのわからないこと。

 関係ないことだ。

 女が勝手に奮起して、男に気持ちを押し付ける日。

 なんとなく、そう思っていた。

「とわわわわっ!!!」

 気づけば、目の前に人。

 慌てて避けようとしたが遅く、目の前の人――そいつは女だった――は反動で後ろに転んだ。

「っててぇ……」

 青い、ダッフルのハーフコート。

 桃色の制服が、コートの下から見えた。

「大丈夫か?」

 手を貸す。

 利き手であろう右手を彼女は差し出し、それを取ると俺は彼女を立たせる。

「あうう……」

 左手で持っていた、小さめの箱をぱんぱんとはたく。

 こいつもか。

 バレンタインという妙な行事に浮かれる女。

「……あ、う……」

 アスファルトに、一粒の水滴が落ちた。

 雨かと思い顔を上げたが、そこには晴れ渡る空しかない。

 そこでやっと、彼女が泣いていることに気づいた。

「……これっ、あげる」

 ぐいっとその箱を俺に押し付け、彼女は。

 涙を拭おうともせずに走り去った。

「……何だったんだ…?」

 取り合えず解っていたのは、今日が2月14日だということと。

 彼女が泣いていたということ。

 

 

 

 不謹慎だが、彼女が『あげる』と言ったその箱を、開けた。

 いびつだがそれは確かにハート型のチョコレート、そしてチョコチップのクッキーが数枚。

 それに、メッセージカード。

 これも不謹慎だが、俺はそれも見た。

 

It likes it very much even if it can't meet.

 

It likes it very much even if it can't meet……。逢えなくても、大好き……?」

 

 

 ぱきん。

 チョコレートを割って、口に放った。

 それは甘かったのだけれど、同時に苦くて。

 

 ――ほろ苦い恋――

 

「……さて」

 赤いマーカーで、カレンダーの3月14日にマークする。

 これを俺に押し付けて去った彼女には、飽きるほど甘いお菓子をプレゼントするつもりだ。

 飽きるほど、甘い。


++++++あとがく。++++++
何かすっごい妙な終わり方だぁ……。
妙な終わらせ方ばっかりしてるからこんな妙な人間ができあがるんだな、うん。(何)
何故か3月にバレンタインネタ。
一応歩×伊万里のつもり……?
あ、歩→伊万里か。これは。
でも、だからって何が違うんだ……ううう。


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