スウィング分析には物理学・解剖学・生理学・心理学といった知識が必要だが、特に力学的考証とともに身体構造学的アプローチも不可欠である。そもそもスポーツは身体の構造と機能を如何に適合させて習熟するかにある。静止しているボールに対して身体が反応作動するだけに、ゴルフは動作分析に大変適している。
■目 的 多くのプロ・アマのゴルフスウィングの静的・動的画像を分析し、身体各所の関節・骨格が「どう動いているか」を観察、「なぜそうなるのか」を関節特性などの観点から、以下に挙げるような自らの素朴な疑問の解明を試みた。 1)グリップの種類と球筋の関係。筋骨格の機能面、特にフォーアームローテーションとの関連から。 2)身体の姿勢・バランス面からみた理想的なアドレス。 3)パッティングにおけるスウィング・プレーン。クラブヘッドがスウィング・アークを形成する時に、その運動の中心・所謂スウィング・センターは人体の何処にあるのか。 4)上半身と下半身それぞれについて捻転運動(コイリング)と人体構造の関係。スウィング軸の位置。スウィング軸と脊柱の関係。両肩関節は軸の周りをどのように動くのか。 5)コックの動き。 ■方 法 手関節・肘関節・肩関節・脊柱・骨盤・股関節・膝関節・足関節・足部それぞれについての関節中心を推定、マーキングし、関節・骨格の運動を観察、その最大公約数的なものを抽出し、名手に見られる身体各所の関節・骨格の特性を生かした合理的な動きとは如何なるものかを考察した。 1・グリップと球筋 手関節・肘関節および前腕の機能面から見たグリップと球筋の関係の注目点を幾つか挙げたいと思う。 1)ウィーク型からノーマル型、ストロング型に行くに従って、フォーアームローテーション(前腕の回内回外運動)を使いやすくなっており、強いドロー系のボールを打ちやすくなっている。池上(*1)は「インパクトで最大の速度を得る方法の一つとしてインパクトの直前までコック角を小さく保つことは飛距離を伸ばす手段の一つと考えられた。」としているが、この目的達成の為にフォーアームローテーションがマスターすべき重要なスキルと思う。 2)ウィーク型は手首のコックが左手関節の準橈側に、ノーマル型・ストロング型のコックは、左手関節の橈背側に行われやすいため、関節可動域から見て、ノーマル型・ストロング型の方がより深いコッキングを得られる。 3)過度のストロング型は強い球が打ちやすい反面、ボールに過剰のオーバースピンがかかりやすくなる。 4)初めてゴルフクラブを握ると、殆どの人が右母指を真直ぐにシャフトの上にのせてしっかりボールを叩きに行きたがるものだが、これはスウィングの認識からして誤りである。グリップは人と道具の連接点なので、余計な力が入り込まぬ様にすべきである。 2・アドレス 1)下図(*2)(*3)は、ショートアイアンからドライバーに至るまで、重心は両足の前後左右のほぼ中心にある事を示している。 2)下図は、正面からアドレスを見た時に、脊柱の右傾化ゆえに起る重心の右足偏移を、腰の位置をやや左足方向へシフトする事により、修正出来る事を示したものである。 3)下図は、前傾姿勢を取った時に、腰をやや後ろに突き出した所謂セミ・シッティング(中腰)の構えが、前後の重心を土踏まずのラインにもたらす事を示している。人形の場合、左の二つは倒れてしまう。この姿勢を作るポイントは膝を前に曲げるのではなく、下腿部分を垂直に保つ様にすることである。 4)アドレス時のバランスの良さがフルスウィング時の身体全体の安定したひねり運動を可能にする必要不可欠な要素である。 3・パッティングにおけるスウィング・プレーン パッティングはスウィングの基本とも言うべきものである。スウィングを云々する際に、是非とも理解しておかねばならぬ事は、ベン・ホーガンによって概念化されたと思われるスウィング・プレーン(*4)についてである。 スウィング・プレーンとは、両方の肩関節が主として回転運動を行うその中心点と見なされる第7頚椎辺りと、ゴルフボールをヒットする仕事を受け持つクラブヘッドの両者を基準として形成されるガラス板のような平面である。 クラブヘッドの軌跡(スウィング・アーク)がこのスウィング・プレーンからはずれぬ事が、シンプルで理想的なスウィングのポイントであると思われる。 このスウィング・プレーンは身長の高低、クラブの長短等により異なる。背の高い人の場合は比較的アップライト、低い人の場合は比較的フラットなスウィング・プレーンを形成する事となる。 ここでひとつ興味ある事柄について触れると、スウィング・センターすなわち第7頚椎辺りの部分がスウィング・プレーンに対して直角にセットアップされている。この事は名手と言われるプロに共通する事で、両肩関節がスウィング・プレーンに対して最も無理なく回転し得る為と考えられる。余談だが、ミスター59と呼ばれるアル・ガイバーガーは身長が高いため、平常歩行時でもかなりの職業病的猫背の様に見受けられる。意識してこの様なポスチャーを取らざるを得ないのであろう。もう1つスウィング・ボトムすなわちスウィング・アークの最下点を意識する事は、クラブヘッドにその性能なりの仕事をさせる上で極めて大切な事である。 今迄に述べた事を念頭に置いてパッティング・フォームを観察してみる。 このイラストから次のようなパッティング人形を作成してみた。 パッティングに定型なしと言われ、マネーメーキングに通ずる様なユニークなフォームを採用しているプレーヤーも少なからず存在するが、先ほど述べた様なスイングの基本としての意味合いを有するパッティング・フォームが最もポピュラーなのではないだろうか。以下にその特徴を列挙してみる。 1)出来るだけ高い姿勢を保つ事。長時間の練習に耐え腰痛防止の為にも大事な事である。 2)両目をボールとターゲットラインの上に位置付けている。 3)頚椎部を水平に保つ事によってスウィング・センターが水平軸化してスウィング・プレーンを完全に垂直にする事が可能となる。下図(*5)は頚胸椎部脊柱から肋骨、鎖骨、肩甲骨を介して上肢部分の付け根である肩関節までの骨格性連絡を示している。五角形若しくは三角形の形を崩さずに振り子運動を心掛ける事により、理論上パターヘッドはstraight to straightの軌道を作り得ると考える。両肘は躯幹部のねじれに影響されぬ様に僅かに離す必要がある。 4)スウィング・ボトムは眉間の真下に位置することとなり、ヒッティングポイントがほぼこの位置となる。 5)パターのロフトが平均4°程度あるためややハンドファーストとなる。 4・フルスウィング 最後にFar and Sureを目標とするフルスウィングを考察する。 これより述べる事柄について、次の連続写真イラストを見て頂きたい。 1)人体のコイリングについて、上半身は、概ね脊柱を軸とした捻転運動が可能だが、下半身はコイリングと無縁の構造物となっている。これら二つの異質の構造体を連結しているのが骨盤部である。この骨盤部には二つの捻転可能な構造物すなわち両股関節が存在している。渡会(*6)は「スイングの際、股関節の上での骨盤の回転が調和されず、十分になされないと腰椎に負担がくると考えられる。」と述べている。さらに桜岡(*7)は「上級者はバックスイングの初期では脊柱のあたりを中心に回転しているが、その後回転の中心は右股関節あたりに移っているのがわかる。」また「上級者の腰の動きは、フォーワードスイングの初期には、右脚あたりを中心に回転しており、それが徐々に左へ移り、インパクトでは左脚付近が回転の中心になっている。」と記している。The search for the PERFECT SWING(*8)にも「ヒップの横の動き」と表現されている。これらの事を敢えて断じた表現をすると身体全体のコイリングを考えた場合にテークバックでは、前述したスウィング・センター・第7頚椎辺りと右股関節を支点とするひねり運動が行われ、ダウンスウィングの途中で左股関節がアドレス時の位置に復した所で今度はスウィング・センターと左股関節を支点としてアンコイリングが行われるのではないかと考えている。下図はスウィング中の骨盤部の動きを示した物である。以前は脊柱一軸説(*9)を考えていたが、それは関節機能面から見て、不自然なのではないかと思うに到った。この右股関節から左股関節に乗り変わる不連続な運動こそがスウィングの最も難しい部分であり、ダウンスウィング時のゆったりとしたリズムが強調されるのはこのためではないだろうか。 2)スウィングイメージとして、「反動をつける」「クラブヘッドの重みを感じつつ」「遠心力を応用して」等のフィーリングが、バネ効果を高める上で極めて重要と思う。 金子(*2)によると反動動作は筋のバネ的性質を引き出すとあるが、まさにこの力学的特性の応用であろう。野球のトスとか、遠投を思い浮かべて頂きたい。 The search for the PERFECT SWING(*8)にもスウィングの連続動作の中に「システムの展開にはゆるみがあってはならない。」とある。これもまた名手がマスターすべき重要なスキルと思われる。連続写真の3コマ、4コマ辺りにこの感じが汲み取れると思う。 3)ボールをヒットする役目を持つクラブヘッドがスウィング・プレーン上を動く事をイメージしてスウィングする。この大前提を達成するためにショルダーターン或はコッキングがどうなされるべきか留意すべきであろう。考え方が逆になりやすいと思う。 下図(*10)はほぼスウィング・プレーンに対し直角方向(斜め前上方)から見たものである。よく見て頂けば判ると思うが、仮にスウィング・センターを中心にレバーアームを固定したままテークバックを始動すると左肩関節がCからC’方向に動くと同じ様にAもBも同方向にスウィング・プレーン上から外へはみ出して来るはずである。レッスン書にはAからA’方向へ真直ぐクラブヘッドを始動させる様に強調している。それは、計らずしてコックが僅かながらも行われる事によりクラブヘッドをスウィング・プレーン上に乗せているからに他ならないと思う。 5・コックのメカニズム コックとは、左手関節は橈背側に左肩関節方向へ屈曲し、同時に右前腕が回内し、右肘関節が屈曲する複合運動である。アドレス時の両肩関節とグリップとで形成される二等辺三角形を保つ事で、ボディーターンスウィングの再現性が高まると考えている。 下図はアイアン、フェアウェイウッド、ドライバーそれぞれでのボールとの位置関係を示したものである。グリップの位置が何れも左大腿部内側に位置付けられ、その真下にスウィング・ボトムが来る様にアドレスされている。アイアンがダウンブロー、フェアウェイウッドがサイドブロー、ドライバーがアッパーブローにストローク出来る様にセットアップされている事がよく判る。 ■まとめ 1)グリップ:フォーアームローテーション・前腕の回内回外運動との関連によること。 2)アドレス:重心の大切さ。腰部の位置付け。左足方向への僅かな偏移とセミ・シッティング。安定したスウィングが可能となること。 3)パッティング:スウィングセンターを水平軸化すなわち胸椎上部から頚椎・頭部までを水平に保持することにより両肩関節からクラブヘッドまでが垂直な振り子運動をすることとなる。この両肩関節の回転運動こそがチップショットよりドライバーにいたるスウィングの基本運動となること。 4)フルスウィング:身体全体をバネ化すること。上半身は脊柱を中心とした捻転運動が、下半身は右股関節から左股関節への体重移動が主体となる。スウィング軸は2軸である。 5)コックのメカニズム:ノーマルグリップの場合、左手関節−左肩関節方向に橈背屈、右前腕−回内、右肘関節−屈曲の複合運動と考えられる。 以上で私のスウィングに対する考え方の大要を述べましたが、適切なイラストが少なく説明不足を猛省しております。画像分析の問題点として外観からの判断では運動現象の意図するところまで読み取れないことをお断りし、またこの仮説的理論はあくまでも一私見であり、いわば私の研究レポートとでも申すべきものです。特に力学的考証については推量の域を越えられず、今後何らかの手段により明確なものにしていきたいと考えております。 ■参考文献 1)池上久子:ゴルフスイングにおける腕とクラブの関係・Jap. J. Golf Sciences, 3:62, 1999 2)金子公宥:スポーツ・バイオメカニクス入門 杏林書院. 66, 46-47, 1998 3)川島一明:ゴルフスウィングのバイオメカニクス的研究・Jap. J. Golf Sciences, 1:34-40, 1987 4)ベン・ホーガン:モダン・ゴルフ ベースボール・マガジン社. 78-80, 1998 5)J.Castaing,J.J.Santini共著:関節・運動器の機能解剖−上肢・脊柱編 協同医書出版社. 5, 1986 6)渡会公治:ゴルフと腰椎の動きについて・Jap. J. Golf Sciences, 2:42-44, 1990 7)朝岡広:ゴルフのスイング動作中の体幹の捻れ・身体運動のバイオメカニクス, 第13回日本バイオメカニクス学会大会論集, 324-329, 1997 8)How Muscles Work in Golf, Chapter 13, 2-7・The search for the PERFECT SWING(日本語訳)スタジオ・シップ. 1991 9 )村田久:関節の使い方を考える・Choice, 84-1, ゴルフダイジェスト社. 59-65, 1984 10 )村田久:身体構造から分析した合理的なゴルフスウィング・アサヒゴルフ 廣済堂産報出版. PART7, 107-110, June 1985
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