アウドムラ・ラプソディ


作・しおん様


シャアとアムロとカミ−ユがわずかに顔を合わせたアウドムラのエピソードを使って楽しい日常を描く
人気シリーズアウドムラ・ラプドディ(私はアウド村とよんでおります)を「おねだり」して、書いていただきました

「うへぇ、何だよこの雨は」
 「雨期でもないのに何だかよく降るよなぁ」
 「ま、スコールなら一時間もすりゃ止むだろうさ」
 「その後は、そこらじゅう泥の海だけどな」
  しつこく追い縋るティターンズの追撃隊を振りきった後、アウドムラは雷雲を抜けて
カラバの基地まで降下した。滑走路をゆっくりと格納庫に向かうアウドムラの中から、
辛うじてと言うことばしか思いつかないほど霞んで見える出入り口を飛沫の先に見つ
けると、クルーは口々にうんざりとした口調で呟いた。
  アフリカにも雨は降る。ただ、一度降りはじめたら最後、バケツの底を引っくり返す
どころの騒ぎではない。雷鳴とともに滝のように降りだす雨の勢いはすさまじく、目を
開けていられないどころか息も吸えないほどだ。
 「地球が壊れかけているのさ。連邦はそんなこともわからん連中の集まりだ」
 「あ、クワトロ大尉」
 「ご苦労さまでした。あとで一杯やりませんか」
 「美味い地ビールがあるんですよ」
 「つまみはカチカチのチーズしかないですがね」
  真っ赤なパイロットスーツでアウドムラのタラップから降りてきたシャアに、クルーは
次々に愛想のよい声をかけた。はじめは遠慮がちだったクルーも、最近では昔からの
顔馴染のように接してくる。
 「ああ、報告をすませたら仲間に入るよ。それまで私の分を残しておいてくれよ」
  軽く片手をあげ、シャアも気安い態度で応えた。アウドムラでの日々はシャアにも
軽口を叩かせるくらい親しみやすいものになっている。
 「クワトロ大尉、報告はけっこうですよ。ここははじめてでしょう? ホテルと言うには
ほど遠いですが、今夜ぐらいはゆっくりなさってください」
  後から降りてきたハヤトが、気をつかうように声をかける。いまや、連邦との戦いに
シャアは必要欠くべからざる存在となっている。単に、シャアが優秀な戦闘員だからで
はなく、シャアの存在そのものがクルーの支えになっているのだ。
  人の心をつかむ術、と言ってしまえばそれだけのことだが、それが巧妙に作られた
ものではなく生まれついてのものなら、それは神が与えた祝福だ。ニュータイプを才能
と呼んでいいものなら、アムロには確かにその才があり、シャアにはカリスマに満ちた
指導者としての才がある。そのふたつがうまく融合すれば、人類は愚かしい戦争など
せずとももっと高みに昇ることができるだろう。ハヤトはシャアのカリスマを信じたいと
思っている。
 「確かに、ベッドがあるだけ馬小屋よりはマシだ」
  ハヤトの後に続いて降りてきたアムロの鳶色の瞳が、悪戯っぽく輝いている。
 「お前が言うなよ」
 「相変わらず、どこも直してないんだな」
 「仕方ないさ。建物の補修にまわす金なんかあるわけがない」
  屋根の一部が剥がれそうな格納庫の天井を見あげて、ハヤトは答えた。もとは小
さな民間の飛行場だったところを当座しのぎとして使っているうちに、結局はそのまま
基地として使っているのだ。
 「カラバはそんなに資金繰りに苦慮しているのですか?」
  シャアは遠まわしな言いかたをせず、率直に訊いた。
 「資金は潤っていると言うほどではありませんが、それなりの援助はあります。ただ、
一機でも連邦やティターンズのモビルスーツを落すほうが先決ですからね」
 「なるほど」
 「シャアが気にする必要はないさ。あの演説でカラバの支援者は増えているらしい」
  アムロもまた、シャアのカリスマを信じたひとりだ。シャアならば、エゥーゴを率いて
大衆の目をもっと反地球連邦組織に惹きつけることができる。シャアにとって、それは
自らが望む形ではなかっただろうが――この案が出たときのシャアの顔を思い出しな
がら、何ごとも自分の思うようにはならないものさ、 とでも言うようにアムロはシャアの
肩を叩いた。
 「あなたほどの適任者はいなかっただろ?」
 「気楽に言ってくれる」
 シャアは肩を竦めた。議事堂を占拠してティターンズの非を訴えるのはいい。だが、その後のまとめ役までが自分にまわってこようとは思いもしなかった。ブレックス准将
さえあんなことにならなければ、と思わずにはいられない。現状況は自分たちには最
悪だが、視点を変えればこれ以上悪くなりもしないということだ。もちろん、それだって
気休めには変わりないのだが――
 「このままエゥーゴの指導者になるべきですよ、大尉は」
 「カミーユ君」
  アムロの後ろからカミーユが顔を覗かせた。シャアが演説を行ってからと言うもの、
元々がシャア贔屓のカミーユは鼻高々である。アムロの前だろうが何だろうが、大尉は僕のもの、と言わんばかりにシャアにべったりと貼りついている。そんなカミーユを
アムロが放っておくはずがなかった。
 「カミーユ、シャトルのチケットを手配しといてやったぞ」
 「はぁ?」
  アムロの言った意味がわからなくて、カミーユはきょとんとした顔をした。
 「これからシャアは忙しくなるんだ、子守りをしている暇はないからな」
  そう言うなり、アムロはカミーユにあかんべーをして逃げた。
 「…あ、あなたって人はーっ!」

 からかわれたとわかるや否や、カミーユは顔を真っ赤にして怒り、逃げるアムロを
追いかけていった。早々と一杯ひっかけてほろ酔い気分でいたクルーのほとんどは、
格納庫の隅で取っ組み合いになったふたりを止めるどころか、もっとやれとけしかける
始末である。
 「またですか、あのふたりは――エースパイロットが聞いて呆れますな」
  最後に降りてきたアポリーは、そう声をかけながらシャアの脇に立った。アポリーに
とって、シャアは常に敬愛できる上官だったが、シャアが演説を行った後では、さらに
その気持ちを強くしている。
 「あれもコミュニケーションのうちだよ」
  シャアは笑いながら言ったが、そのどこか楽しげなシャアに向かって、アポリーは
呆れたように呟いた。
 「ありゃ、ただのガキのケンカですって」


 「クワトロ大尉。すみません、ちょっと――」
  アポリーと談笑しているシャアの側に、カラバの連絡員とみえる男がやってきて声をかけた。
 「うん――何か?」
 「大尉に面会したいという人が来ているんです」
 「私に? 誰ですか?」
  地球には自分を訪ねてくるような知り合いはいないが、とシャアは不思議に思って
首を傾げた。
 「それが――」
  男はちょっとことばを途切らせ、戸惑ったような表情をし、それから後ろの格納庫の
入り口のあたりを振り返った。男の視線を追いながら、シャアもその同じ場所に視線を
流した。ほんのりと薄い逆光の中に小柄な影が見える。シャアがその姿をよく見ようと
サングラスをはずしかけた、まさに、その瞬間――
 「パパッ、会いたかったわ!」
  その小柄な影はシャアに向かって一直線に駆け寄り、その胸もとに飛びこんだ。
 「ぱ、ぱ、ぱぱぁ…っ !?」
  幾つもの完璧に裏返った声が格納庫に響きわたり、その場は一瞬にして混乱状態
に陥った。アウドムラのクルーの酔いはあらかたどこかにすっ飛んで、アポリーは口を
ぱくぱくさせて卒倒する一歩手前。アムロとカミーユに至っては、取っ組み合ったまま
固まって、さながらメドゥサの邪眼で石になった兵士のようである。
 「――お嬢さん、歳はいくつだ?」
  ややあって、シャアは自分にしっかりと抱きついている少女に声をかけた。
 「14よ」
  そう言いながら見あげてくる少女の顔はまだあどけなく、細い両肩に流れるように
かかる髪は、シャアによく似た金髪だった。
 「私は13で父親になった覚えはないが」
  見知らぬ少女にパパと呼ばれるような状況下にあっても、落ち着き払っているのが
シャアである。
 「冗談よ、クワトロ叔父さま――私よ、姪のマリオン」
  少女がそう名乗ったとき、その場にいた全員が互いに顔を見合わせた。クワトロ・
バジーナという名前が仮りのものだと知っていたからだ。
 「マリオンか…」
  真っ直ぐに自分を見つめる少女の輝きに満ちた青い瞳を見返しながら、シャアは
キグナンが用意したクワトロ・バジーナという男の略歴を思い浮かべた。確か、そんな
名前の身内がいた。
 「叔父さまはルウム戦役で亡くなったって聞かされていたけど、あれは間違いだった
のね。会えて嬉しいわ」
 「………」
  確かに、クワトロ・バジーナはルウム戦役で戦死している。アクシズから地球圏に
脱出したとき、シャアとシャアの部下を連邦軍に潜入させるために、キグナンは全滅し
た連邦軍のある部隊の名簿を入手したのだ。その名簿の中から、シャアに幾らかでも
似ている男を選んだ――それが、クワトロ・バジーナだった。もしかしたら、その部隊は
この自分が葬り去ったかも知れなかったのだが…。
 「どうして私がここにいると?」
 「私が通っている教会の神父さまがカラバを支援してるの。その神父さまがカラバの
人から叔父さまの名前を聞いたことがあるって教えてくださったの。それで、どうしても
叔父さまに会いたくなって…」
 「そうか…無茶をする。ここも、それほど安全な地域ではないのだよ」
  マリオンの話を聞いてシャアは眉をひそめたが、この場をどう収めたものだろうか、
とハヤトにちらりと目をはせた。成行きから話を合わせたシャアだが、マリオンの話を
鵜呑みにするわけにはいかなかったからだ。
 「クワトロ大尉の姪御さんですか――私はアウドムラの艦長のハヤト・コバヤシと言います。ここにいるのは皆、クワトロ大尉といっしょにティターンズと戦っている者たち
です。彼はアムロ、こっちはカミーユ」
  シャアの懸念を察したハヤトは、マリオンの様子を見るつもりでアウドムラのクルー
をマリオンに紹介していった。
 「叔父さまがいつもお世話になっています。叔父さま、うまくやっています? 皆さんに
ご迷惑をおかけしていませんか?」
  スカートを軽くつまんで膝を折り、王女のように可愛らしくお辞儀をしたマリオンは、
大人びた口調でそう訊いた。
 「あ…いや。こちらこそ、クワトロ大尉にはお世話になりっぱなしで…」
 「そう、まったく、そのとおりで」
 「クワトロ大尉は凄腕のパイロットなので、我々のほうが助けてもらっているんです」
 「今日も、ティターンズのモビルスーツを5機も撃墜したんですからね」
 「まあ、叔父さまってすごい!」
  アウドムラのクルーがシャアのことを褒めちぎるので、マリオンはそれこそ手放しで
喜んだ。


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