「晴天図」

『8月 6日』


幸雄は、震えながらつぶやいた 「・・・・・・明日の朝、ここに原子爆弾が投下される・・・・」 「え・・・なんていったの?」 幸雄はフラフラと唯利から離れた。

「い・・・いやだ・・・」 「幸雄どうしたの?」 「お、おれは死にたくない!!」 そう叫ぶと幸雄は一目散に走り出した。 「どこへいくの、幸雄!!」 唯利が叫んだ。

幸雄は走った。 一目散に走った。 とにかくここから離れなければ自分は死ぬ。 そう思うと、恐怖に我を失った。 幸雄はそれ以外、なにも頭に無かった。

暗い夜である、幸雄は何度もつまずき、転倒した。 しかし、すぐに立ち上がり、また、走り出した。

「はぁはぁはぁ」 どれだけの距離を走ったのだろうか幸雄は大きな木の前で倒れこみ、大の字になって、息を切らした。

そして、ゆっくりと立ち上がった。

「くそぉ!!」 こん身の力をこめて、幸雄は木を殴った。

「なんで、逃げ出したんだよ!!俺は!!」

「俺はクズだ!クズだ!クズだ!クズだ!クズだ!・・・・」

「俺はどうしようのないクズ野郎だ!!」 

幸雄はその場で泣き崩れた。 大粒の涙だった。

そして、しばらく肩をふるわせて泣いた。 


幸雄は木に爪をたて、立ち上がった。 もう泣いていない、 その表情はまるで別人のようだった。 

朝日が差し込みはじめた。

「・・・・俺は、なにも出来ない、しかし、せめて恩人達だけでも、救える可能性はある!」

「いくぞ・・・・」 幸雄は自分がやって来た道を見ながらつぶやいた、静かだったが、決意がほとばしる口調だった。 それは自分に対して言い聞かせるようだった。

幸雄はまたも一目散に走りだした。 広島の町に向かって。


「はぁはぁはぁ・・・」 幸雄は息を切らせて倒れこんだ。 そこは一作の家である。 幸雄は数時間、休みなしで走りつづけた。 

「幸雄!」 唯利は倒れこんだ幸雄をみつけ、駆け寄った。

「どこに行ってたの!?」 「み、水を・・・・」 それを聞いた唯利は井戸からバケツで水をくんできた。 幸雄はそのバケツに直接口をつけ、あぴるように飲んだ。


幸雄は猛暑の中、走りつづけたせいか意識がもうろうとしていた。 唯利は幸雄の体を揺すった。 「大丈夫?大丈夫?」 唯利が必死で呼びかけた。

「・・・・・・・・今、何時だ・・・・」 「7時15分よ」 それを聞いた幸雄は目を見開き、唯利の肩をつかんだ。

「に・・・・逃げよう・・・・」 「あ・・・あなた何を言っているの?」 「あと、一時間で、この町は吹っ飛ぶ!」 「・・・・どういうこと?」 「原子爆弾だ!」 「なにそれ?」 「核爆弾なんだ!人類が作り出した最悪の兵器、悪魔の化身だ!!」

「・・・・お願いわかるように、教えて・・・・」 幸雄は呼吸が落ち着くと、座りながら、唯利の目を見つめた。

「僕は2111年の未来から、この世界にやってきた・・・・」

「その世界は科学が極限まで発達していたんだ、金さえだせば人の命すら作れるような・・・・・」 

「僕はそんな世界で心を壊された・・・そして自ら命を絶った・・・しかし結果的に僕はこの世界にやってきた」

幸雄は唯利の肩をにぎりしめた。

「僕を信じてくれ!」 「幸雄・・・・」 唯利は幸雄の目を見つめた。 そして大きくうなずいた。

「・・・・あたなはウソはついていない・・・・」 「唯利・・・・・」 「目を見れば解るわ・・・・」

唯利は立ち上がった.。 「でも、私はここから離れない・・・・」 「唯利!!」 「だって父はもう市場にでかけたのよ・・・私は父をおいて逃げる事なんて出来ない、叔父さまだけど、私にとっては父親と同然なの」 「一作さんは市場にいるんだろ?」 「でも、いつもリヤカーを引いて、商売をしているから・・・・絶対みつからないわ!」

幸雄は立ち上がった。 「探そう!!無駄でもいい!!」

二人は家を出た。


幸雄達は走りまわった。 町は人ごみであふれていた。

幸雄は足を止めた。 「・・・・・この人たちがみんな死ぬのか・・・・あと十数分で・・・・」 

「・・・・・ック」 幸雄はひざをおとした。 

幸雄の耳には色んな音が飛び込んだ。 女性の笑い声、こどものわらべうた、男達の活気のある叫び・・・・・・・・

「幸雄・・・・大丈夫?」 「ああ・・・・すまない・・・」 

幸雄は立ち上がって、走り回った。 一作を探してはいたが、もう頭の中は完全に混乱していた。

唯利は家から持ってきた懐中時計を見た。 「幸雄・・・・あと3分よ」 

気がつくと、二人は広島産業奨励館、つまり後の原爆ドームの前に立っていた。

「・・・・唯利・・・もうすぐこの上空にエノラ・ゲイという戦闘機がやってきて、パラシュートを落とす・・・それが原子爆弾だ・・・・・」 「・・・・・・・・・・」







「唯利!!」 そういうと幸雄は唯利を抱きしめた。

「幸雄・・・・・・」 唯利の両手も幸雄の腰にまわっていた。







「・・・・・・懐かしいな・・・・・この感覚・・・・」 幸雄はつぶやいた。 まるで中に浮いているような感覚だった。

幸雄は子供の頃を思い出していた。 

幸雄は子供の頃、寝る前がとても好きだった。 ベッドに入って、寝むるまでの間・・・・・

それは、いつも課題を押し付けられた中で、唯一、なにもせず、気にせずに、安心できる時間だったからだ・・・・・。

でも、今はそれ以上に、安心していた・・・・・・ここから逃げずに、最後まで、自分の「愛」なるものを貫いた自分に対して・・・・・。


幸雄は生まれてはじめて自分に誇りを持てた。









「なんだ!この音は!」 周りの人たちの声が上がった。 

B29型の戦闘機の音が響いた。

幸雄と唯利の両腕に力が入った。


「あ・・・あれは・・・・」 誰かが指を指した。

「あ!落下傘だ!」 誰かが叫んだ。




幸雄は上空を見上げた。そしてその真上にパラシュートで降下してくる、原子爆弾が見えた。




幸雄はこん身の力で叫んだ。




「なんで!!なんで!!なんで!!そんな簡単に人が殺せるんだ!!」


「人も動物も草も木も・・・・・・と、溶けていく・・・・・・・・・」


「おれの命なら、いくらでもくれてやる!!だから、だから・・・・」


「これ以上、殺さないでくれ!!」






次の瞬間、光が包んだ・・・・・・・・・・・






唯利は、静かに目を開いた・・・・・・そこには一面に広がる、花畑があった。それはどこまでも、どこまでも続いていた。

「こ・・・・ここは・・・・」 唯利はつぶやいた、そして気がついた、自分はなにも着ていなかった。

「唯利」 背後から自分を呼ぶ声が聞こえた。 幸雄だった。幸雄も裸だった。

「幸雄・・・・・」 そうつぶやくと、幸雄は微笑んだ。 

幸雄は唯利と向かい合った。 

そして、二人は口づけをした。

どれだけの時間がたっただろう・・・・二人は唇を離すと、見つめあった。

幸雄がつぶやいた。 「ありがとう・・・・・・君のおかげで僕は最後は人間らしく、生きる事が出来た・・・・」 

そう言うと、幸雄の体は光に包まれた。

そして、彼の姿は消えた。






ざわざわ・・・・・・人ごみの声が聞こえた・・・・・・・





ゴトッ





唯利のすぐ横に、黒い金属の塊が静かに落ちた・・・・・・・・・




唯利は振り向いた。




原子爆弾は静かに、ころがっていた。




原子爆弾は不発だった・・・・・・




唯利は気がついた・・・・・・自分を抱きしめてくれている幸雄・・・・・彼は息をしていなかったのだ・・・・・・・


「幸雄!!」 唯利は叫んだ、こん身の力で叫び、彼のなきがらを抱きしめた。


そして、叫ぶように泣いた・・・・・・・・。






なぜ、歴史が変わったかは誰にもわからない・・・・・


しかし、唯利はおぼろげながら、わかった・・・・・


彼の強い意思が、自分達を救ってくれた事を・・・・・・・そして


愛は奇跡を起こせるという事を・・・・・・



「前編」

TOP