武久源造:世紀末への挑戦


1999年9月23, 24, 25, 26日  ラ・プロヴァンス

ラ・プロヴァンス サロン コンサート
Concert de La Provence


私が最初に織田シェフの料理をいただいたのは、あれはもう7年も前のことです。それでも、その時のことはよく覚えています。コンサートの仕事で高松を訪れたときのことでした。チェンバロ製作家の久保田さんとともに、東京から車で移動し、高松に着いたのは夜も遅くなってからのこと。久保田さんは以前からシェフをよく知っておられたので早速、既に閉店していたラ・プロヴァンスの戸をたたきました。シェフは快く迎えてくださり、我々は数々の料理が出された後の、香ばしさの残る店内に通されました。

私はともかく空腹だったので、気がつくともう「何か食べるものはありませんか?」という言葉が口をついてでていました。「残った材料で良ければ」と言って出していただいた(後に<夜の冷蔵庫サラダ>と名付けさせていただいた)その料理のなんとうまかったことか。その感動は今でもまざまざと蘇ってきます。いや、多少理屈っぽくなりますが、本当の感動というものは記憶には残らないものかもしれません。きっと、今覚えているのはその時の感激の残滓に過ぎないのでしょう。それでも、その時のことを思い出すだけで、私は今でもある種の幸福を感じることができるのです。

シェフの料理を口に入れた直後にはもう「ここで、食事と一緒にコンサートができれば……」という着想を得、私は一人で興奮していました。このアイディアは早速実行に移され、ご存じのようにこれまでに6回の<料理と音楽の供宴>とでもいうべきイヴェントとして結実してきたわけです。

この6年の間には、文字どおりいろいろなことがありました。久保田さん、織田さんとの友情はますます深まり、毎年9月に定着した<イヴェント>も、毎回のように力強いゲストをお招きして、充実の一途をたどりました。知らない間に織田夫妻は二人の子持ちとなり、久保田さんはますます貫禄が付いてきました(体重もふくめて)。そしてわが家では、子供が不治の病を得、闘病の末2年前に、ついに帰らぬ身となってしまいました。

しかし私にも嬉しいことはありました。特に、このところ何枚かのCDを出すことができ、それを皆様が喜んで聴いてくださっていることは、なんといっても望外の幸せです。その中には、ラ・プロヴァンスで演奏したものも含まれていました。

毎年9月の高松での<イヴェント>を思うとき、いつもある感謝の気持ちが沸いてきます。このイヴェントの中で、私の演奏のある大事な部分を育てていただいた、という気がするからです。

料理は物です。目に見えます。舌で触れられます。味がします。その味には料理人の技術と愛情がこもっています。かたや音楽は、目に見えません。手でも舌でも触れません。ただ耳に聴こえるだけです。しかしそこには味があります。その味にはやはり演奏家の技術と愛情がこもっているのです。私の脳の中では、どうやら味覚中枢と聴覚中枢が繋がっているらしく、しばしば音に、リアルな味を感じるのです。これは視覚を奪われた私の、音に対する過剰反応なのでしょうか。半ばそうかもしれません。しかし、料理を食べていらっしゃるお客様を見ながら演奏していると「口に出してはおっしゃらないけれども、今この人は、音を、料理と一緒に、食べてくださったのだな」と感じることがあります。もしかして、私たちが日々生み出している<何か>を、誰かが<食べて>くれるとしたら、つまり、私の命の一部である音が、他の人々によって消化吸収され、それがその人の中で生き続けるとしたら、と考えると、何とも不思議な気持ちになってくるのです。このような、最高に生き生きとした真のコミュニケーションは、少なくとも私にとって、高松ラ・プロヴァンス以外のどこでも体験することができません。

さて、いよいよ1999年。世紀末です。先送りにしてきた多くの課題に対して、そろそろ人類は何らかの回答を出さなければならないのでしょう。殆ど手のついていない宿題帳を目の前にして呆然としていた、何十年か前の8月31日を思い出します。しかし我々に2学期はあるのでしょうか。何とも言えません。ただ、織田家の庭で育てられたという豆のサラダを食べていると、不思議に楽観的な気持ちになってくるのは、私だけでしょうか。意外な、目立たないところに人間全体のための答えが隠されているのかもしれませんね。

久保田さんや織田さんに負けないように、私も総決算的なプログラムを持って、今年9月のイヴェントに臨みたいと思います。そのプログラムとは以下のようなものです。


1日目 (9月23日)
オードブルと共に (昼・夜)1. H. パーセル (シフォーチの別れ、ダラウンド 他)
2. G. F. ヘンデル(調子の良い鍛冶屋 他)
デザートと共に (昼・夜)3. J. S. バッハ
 (フランス組曲より1曲 当日選択)

2日目 (9月24日)
オードブルと共に (昼・夜)1. J. P. ラモー (恋の嘆き、雌鳥、軽はずみ 他)
デザートと共に (昼・夜)2. J. S. バッハ
 (フランス組曲より1曲 当日選択)

3日目 (9月25日)
オードブルと共に (昼・夜)1. F. クープラン
(第6オルドルより「刈り入れ」「田園詩」「恋やつれ」「羽虫」 他)
デザートと共に (昼)2.J. S. バッハ
 (フランス組曲より1曲 当日選択)
デザートと共に (夜)2.J. S. バッハ
 (イギリス組曲第5番)

4日目 (9月26日)
オードブルと共に (昼・夜)1. D. スカルラッティ (ソナタ K208 & 209 他)
2. G. ソレル (ソナタ第20番 他)
デザートと共に (昼)3.J. S. バッハ
 (フランス組曲より1曲 当日選択)
デザートと共に (夜)3.J. S. バッハ
 (パルティータ第6番)

さらに、今はあかせませんが、メイン・ディッシュとともに、取って置きのプログラムをお聴かせしたいと思っております。どうぞご期待下さい。

武久 源造    


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