極東支部周辺には桜の樹が多々植えられている。
 先日、エアロゲイターの最終兵器―――最後の審判者セプギタン≠見事撃破した戦艦ハガネ、
同ヒリュウ改の一行は、それぞれがほんらいあるべき場所へと戻ってしまう前に、と
丁度満開になっていた桜を口実にして花見大会を開いていた。
 料理上手な女性人が腕によりをかけて作った料理の数々に人々は舌鼓を打ち、
酒豪達が自信を持って用意した酒で喉とまだ少し疲れの残っている心を潤す。
 下戸のテツヤ大尉が飲めないながらもダイテツの杯を神妙に受けつつも、
隣に座っているレフィーナとどぎまぎしながらも会話をしており、
何やら昔話に花を咲かせているらしいダイテツ艦長とショーン副長の姿が彼らの近くにで見られる。
 終わらないおしゃべり、明るい笑い声。
 レオナの手料理を青ざめながらもタスクは食し、
シャーダはリュウセイのリクエストにウロ覚えのロボットアニメの歌を歌う。
 一方、大量の酒を飲んでもけろりとしているガーネットは、
一度やってみたかったとライの髪を梳き、いじって遊んでいる。
楽しそうな彼女と困り果てているライにアヤやラトゥーニが笑い、ブリットの隣でもクスハが微笑んでいる。
 この日ばかりはイルムのグラスの中身は正真正銘アルコールであり、
賑やかな雰囲気に少々ガードの緩んだ女性達にちょっかいを出して楽しんでいる。

 実に穏やかで、楽しい雰囲気。
 誰もが今までの苦労を忘れたかのように、笑っている。

 キョウスケは相変わらずウーロン茶を飲みながら周囲の光景を楽しんでいたが、
ふと視界からいつの間にか姿を消しているエクセレンに気が付く。
「…………?」
 改めて周囲を見渡してみるのだが、やはり彼女の姿はどこにもない。
 先程までエクセレント賑やかに会話をしていたはずのリューネに声をかけると
酔いを冷ますと言って散歩にいったという。
 ふと、眉を顰めるキョウスケ。
 エクセレンのウワバミはATXチーム内では実に有名である。
 決して酒に弱いわけではないキョウスケや、ゼンガーですら酔い潰すほどなのだから。
 酒宴の雰囲気を楽しみ、いつもよりほんの少しテンションが高くなるため解かり難いのかもしれないが
アレが酔いを冷ますという行為を必要とするわけがない。と、キョウスケは一人思う。
 何やら意味深に自分を見るリューネに短い礼を言い、キョウスケは彼女を捜しに華やかな宴の席に背を向けた。




 桜の樹が密集する基地敷地内の奥は、さならが桜の森である。
 さわり、と緩やかな風が吹いただけではらりと舞う淡い花弁。
 花見の席とはそんなに離れていないはずなのに、ここにあの騒がしい声は届かない。
 静かな、風とどこか波の音にも似た樹々のざわめく世界。
 このどこか不思議な空間に、エクセレンの気配がする。
「キョウスケ…v」
 聞きなれた声に、一際大きな桜の樹を見上げれば大人の腰ほどあるのではないかという太い枝の一つに座り、
悪戯っぽく微笑んでいる捜し人がいた。
「………。そんな所で何をしている」
 キョウスケの声が呆れているものになるのも無理はない。
 樹に登るのに脱ぎ捨てたらしい裸足の彼女は酒瓶を抱えている。しかも銘酒『菊姫』の吟。
 おそらくダイテツ艦長が持ってきたものをこっそりと失敬してきたのだろう。
「花見酒☆キョウスケも一緒にどぉ?」
 金色の髪を揺らしにっこりと微笑むエクセレンにキョウスケは吐息を一つつくと、
おもむろに靴を脱ぎ捨て裸足になると幹に脚をかけ、実に素早く樹を登りエクセレンのいる枝に到着する。
「キョウスケも小さいころ木登りに熱中したクチ?」
「いいや。だが、要領さえ解かっていればそう難しいものでもないだろう」
 もう随分長い時間、ここに寝を張り生きてきたらしい桜は、その枝に成人男女二人の体重を乗せてもびくともしない。
「見事なものだな」
 人の頭よりも高い位置から見る桜は、また違う表情を見せる。
「下から見上げるのもいいけど、こんな風に樹の目線で、っていうのもなかなかいいでしょ」
 さわさわと吹く風に髪を揺らすエクセレンに、キョウスケは変わらずの素っ気なさでただ頷くのみ。
いつものことなので、いちいち機嫌を悪くするエクセレンでもないが。
「花見に異議を唱えるわけではないが、こんな不安定な場所で酒はどうかと思うぞ。
いくらお前がウワバミだと言っても、平衡感覚は多少狂うだろうが」
「ん〜、まぁ、そうなんだけどねぇ。…ね、キョウスケ、もし私が落ちそうになったら、キョウスケも一緒に落ちてくれる?」
「………どういう基準でそうなる」
「あらら、私ってば愛されてなーいっ」
 笑顔で言うその台詞はいつもの悪ふざけの一つに過ぎないのか、それとも実は本心なのか。
 酒瓶に口を付け、美味そうに酒を喉に流し込むエクセレンをしばし見つめていたキョウスケは、そっと彼女に手を伸ばす。
「ん?んん??」
 うっかり力を込めすぎると折れてしまいそうな彼女の腰を引き寄せ、自分の腕の中にエクセレンを閉じ込める。
 目の前の明るい金色の髪に鼻先を埋め、やわらかな肌に唇を押し付ける。
 そのまま呼吸をすれば、コロンだろうか。森の香りがした。
「落ちるなら一緒に落ちろ、そう言ったのはお前だろうが」
 ぶっきらぼうな口調だが、キョウスケのエクセレンを抱く腕は優しい。
 共に落ちるため、というよりはそれを防ぎ護るためのもの。ようはシートベルトだ。
 エクセレンは幸せそうに微笑み、ゆったりとキョウスケの胸に背中を預ける。
 穏やかなそよ風の中、触れる場所から伝わる体温が心地いい。
 そんな中、エクセレンがおもむろに口を開く。
「キョウスケって、桜みたいね」
「…………」
 二十二年という人生の中でそんなことを言われたのは初めてで、
キョウスケは思わず絶句しそして反応に困ってしまう。
「あ、気を悪くしないでね?からかってるつもりは全然ないんだから☆」
「…………」
 具合の悪そうな沈黙に、エクセレンはくすくすと笑う。
 きっと、今キョウスケはとても顔をしているはずだ。
 無愛想だの鉄仮面だの言われているキョウスケだが、
表情の動きが他者よりも小さいだけであり、それが少し解かりにくいだけである。
 彼という人柄を知り、ある程度の付き合いを重ねればキョウスケの表情を読むことはそう難しいことではない。
 と、エクセレンは思っている。
「存在感があるのに、静かなところとか。…潔さも、ねv」
 はらりと舞う花弁を手のひらに受け止めて、エクセレンは微笑する。
「貴方みたいだから、私、桜を好きになったのかな」
「…………」
 至極真面目に言っているらしいエクセレンに、キョウスケは言葉もない。
「…………俺からすれば、お前の方がよっぽど桜のようなんだがな」
 しばらくの沈黙の後に発せられた意外な言葉に驚くが、
振りむく前に首筋に感じるキョウスケの唇の感触にエクセレンは小さく肩を竦める。
「私が、桜…?」
 今まで何度か花に例えられたことはあるが、桜というのは一切なく、エクセレンはそろりとキョウスケを振り向き、首を傾げた。
「情熱の真っ赤なバラ、とかなら言われたことあるけど、桜は初めてよ♪」
「それも間違ってはいないが。……そう言った奴は、本当のお前を知らないんだろうな」
 いつになく優しい笑みを浮かべるキョウスケに、エクセレンの鼓動がほんの少し、速くなる。
「本当の…私?」
「いつ、どんな状況でもマイペースさを崩さない、呆れるくらいポジティブで人をからかうのが好きな自称美人女教師」
「……キョウスケぇ?」
 青い瞳が色濃くなり、キョウスケを睨みつける。
 怒ったとき、不機嫌なときに見せる少々色の濃くなったこの瞳が好きだと言ったら、彼女はどんな表情をするだろうか。
「続きは最後まで聞け」
「むぅ」
 キョウスケの真似だろうか、眉根を寄せるエクセレンに苦笑する。
「でも、それらは巧みなポーカーフェイスの一つだ」
「…………」
「さも明るく毎日が楽しくて仕方がないと、陽の面しか持っていないというような、…な」
「…………」
 沈黙し、視線から逃げるように顔を背けるエクセレンをやんわりと抱き締めて、キョウスケは耳元に囁くようにして続ける。
「本当のお前は、どこか…儚い。この桜のようにな…」
 キョウスケの声に呼応するかのように、風に樹々がざわめく。
「絶望も、恐怖も、人一倍知っているお前だからこそ、他人に優しい。不快ではないが、過剰なまでにな」
「……ヤケに、饒舌じゃない?」
 目元を朱に染め、エクセレンがキョウスケを見つめる。
「たまにはいいだろう。珍しいものも見れたしな」
「珍しいもの?」
「赤くなったお前」
 さらり、と返されたエクセレンは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから不機嫌に頬を膨らませる。
 もちろん、これも本気ではない。
 くく、と喉で笑いながら、キョウスケはエクセレンを強く抱き締める。
 猫のように暴れる彼女を難なく制しながら、二人だけの花見もいいものだと思う。


 淡い光を纏い、咲き乱れる桜。
 賑やかなばかりの宴の席を抜けた二人を隠すように、静かに樹々はざわめいた……。






(感想)
…私ごときがコメントをつけるのもどうかと思いますが、やはり、キョウセレはいいですね♪
序盤のみんなのドンチャン騒ぎ(笑)が、すごく好きです。
みなさん宴会になると、壊れっぷりがまた(爆)
そして本編。
何も言うことはございません。しっとりとした恋人たちの情景をご堪能下さいませ。

…オリジェネ、プレイしたくなりました。

やしろさま、本当にありがとうございました!

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