第93回  やっぱり、骨からにしましょうか?

ある日の読売の書評欄にあった
<父さんのからだを返して>というタイトルが忘れられない。

作品はカナダの作家ケン・ハーバーの著書であり、
彼はイヌイットのコミュニティーで教師の履歴がある。
本の副タイトルは<父親を骨格標本にされたエスキモー(イヌイット)の少年>

幼いときに父親と死別した少年が成長してから、
博物館の展示室で父親の名前を記したラベルが張られた骨格標本を見つけた。
博物館に<父さんのからだを返して>と申し出るのだが、
博物館はこれをまったく無視したという残酷な内容である。

少年は幼いとき、アメリカの探検家によって父親と共にニューヨークに連れてこられ、
自然史博物館の地下室を住居とする生活を余儀なくされた。
ニューヨークの自然史博物館が遺骨をグリーンランドに送り返したのは
1993年になってからのことである。

本のタイトルは1907年1月のニューヨークの新聞
「ワールド」の紙面から拝借したというから、
実に80年以上の歳月を有したことになる。

書評には次のようにある。
<科学の名のもとに人は人を展示することが許されるのか、
人は墓を暴くことが許されるのかという問いが本書の主題であるが、
それは決して過去の問題ではない(略)>

わたしがこの著書のタイトルに興味を持ったのは、
以前からこの本の主題と同じ疑問を持っていたからであり、
その思いは北京の毛沢東主席紀念堂で偉大なる(?)指導者の遺体を
目の前にしたときにさらに強まった。

天安門広場にはたったひとつの遺体のために、
建造当時の金額で300億円もの国費を投じて建てた紀念堂があるが、
そこには見物の人々の行列が絶えない。

(遺体のために300億円! そんな国にODA援助する必要があったの?)

偉大なる指導者はガラス張りの箱におさまって眠っていたが、
安らかなのかどうかは定かではない。

「あの、絶対的権力者が死後は遺体を晒しものにされている!」

それは、わたしにとって思いもよらない驚きの出来事だった。
遺体が晒されるのは、日本の江戸時代には極悪人と相場が決まっていた。

エラクなりたくないものだ、とはその時の感想である。
(願ってもなれないけれど・・・・)

もちろん中国全土からやってくる純真な人々は、
毛主席の功績(?)を慕ってその遺体をありがたく拝みにやって来るのであろう。
だが人間は元来好奇心のカタマリが皮をかぶっているような存在。
その皮が薄いか厚いかだけの相違であると思っている。
それゆえ、手を合わせて参拝をする純真な人々の瞳の奥にも、
興味と好奇心が満ちあふれ、そのせいで薄暗い紀念堂の中に、
夜行性の動物の目玉のごとくランランとそれらが光を放っていたとしても、
彼らを責めることはできない。

「まるで生きているみたい!」
「意外とちいさいね」
「ふーん、あの人が貴重な文化遺産をぶっ壊した張本人?」
「色が黒いじゃん」

などなど・・・

それでも歩みをちょっとでも止めようものなら、
銃を持った警備の解放軍兵士がなにごとか叫び、
ギョロリと鋭いにらみをきかせるのは権力者のご威光なのか。
それでも晒しものに変わりがないと思うけれど。

「死んだ後の姿まで衆目に晒されるなんて、当人はどんな思いがするのだろう」

もちろん、当人はあの世へ旅立っているので、
現世の思惑など届くはずもないのであるが、
それでも自分の死後に思いを重ねると、やはり「とてもたまらない」と思う。

偉人になればなるほど分骨騒ぎやらが大きくなり、
ときおりニュースに登場することもあるが、
それらは生きている人間たちの自分勝手な都合による醜い争いであり、
観光地にして経済効果をアップしたいなど、
死者に対する敬意や鎮魂の思いなど存在するはずもない。

庶民レベルでも悩み事相談などで分骨の相談ごとを目にすることがあるが、
複雑な気持ちにさせられる。
骨の分骨は生きている人に置き換えたら手や足をもがれることと同じではないの?

「死んでしまったら痛みなんてわからないさ」

とは言え、故人をバラバラにするなんてわたしにはできそうもない。

それぞれの事情があるとは思うけれど、もし身内に分骨騒ぎの内紛が発生したら、
わたしに限っては生きている者の感情や都合よりも、
死者に敬意を払うことを優先させたいと思っている。

幸いわたし自身には分骨騒ぎを心配する必要もなさそうだから、
きれいさっぱりと灰にしてもらって大好きな海にでもバラ撒いてもらおうかと、
一時は考えたこともある。

しかしその方法は夫と一緒というわけにはいかなくなる。
せっかくご縁があってこの世で生活を共にしたのだから、
できることならあの世での生活とはどんなものか、
また彼と一緒に体験してみたいと思っているのですが。

・・・やはり、骨から土に還るのが一番なのでしょうか?

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