第90回  マニュアルサービスは嫌い

ある人が仲間に差し入れをしようと、店頭でハンバーガーを50個ほど注文した。
キュートな女子店員は満面の笑みを浮かべて言った。

「お持ち帰りですか? ここでお召し上がりですか?」

ハンバーガーショップのマニュアルサービスのこのエピソードは、
今や伝説的でさえある。

キュートな女の子はマニュアルに忠実に従いそのセリフを口にしたのであって、
某氏が50個のハンバーガーをひとりで食べられるかどうかまでは、
まったく気をまわす必要がなかったのである。

これと同じマニュアルサービスを、成田空港で経験したことがある。

そのときのチエック・イン・カウンターの前はイモを洗うような大混雑だった。
そしてチエック・イン・カウンターのキャリアウーマン風情の受け付け嬢は
慇懃無礼(馬鹿っ丁寧)に言った。

「お客さま、申し訳ありません」
(なに?・・・悪い予感!)
「エコノミー席が満席ですので、もしお差し支えなければファースト・クラスに・・」
「まあ、そうですの(やったぁ!)」

渡航歴はかなりあるので、
格安航空券でビジネス・クラスへのアップグレードは何回かあったが、
ファースト・クラスへの飛び級は初体験である。

それにしても、ファースト・クラスがなぜ申し訳ないのか。
ファースト・クラスで差し支えのある人ってどんな人?

彼女は乗客の本来の席を確保出来なかったことを、
マニュアルに従って詫びたのであり、
たとえそれが乗客なら誰もが一度は利用してみたいと憧れる
ファースト・クラス席であったとしても、詫びることしかできなかったのだ。

たぶん外国人スタッフなら、親しみやすい笑顔を返えしてくれながら言うでしょう。

「あら、お客様ツイていらっしゃいますわ」

マニュアルを重視するあまり、時として感情さえマニュアル化してしまう。
そんな光景がなぜか日本の社会には、日常的に存在する気がしてならない。

社員研修の第一は、お辞儀の角度をきっちり覚えさせ、
大声で「イラッシャイマセ」「アリガトウゴザイマス」を、
ありったけの声で叫ばせるのが日本の常識である。
時にはマニュアルを外れても、人間味のあふれる応対ができないものなの。

わたしは旅行する際にほとんど日本の航空会社は使わない。
人間の行動観察が楽しみのわたしの目には、
日本の客室乗務員が欧米人乗客へ向ける笑顔や態度と、
日本人乗客へのそれとは心なしか違って見えるからである。

これはひがみなの?

女性なら大抵が憧れる職業の彼女たちのプライドは、
それなりに高いに違いない。
その身が意に染まないお客へも満面の笑みで対応しなければならないとなると、
大いなるジレンマを抱えているはず。
さらに高嶺の花に頭を下げられて舞い上がり、
乗客の特権とばかりにわがままを言っては問題を起こしがちな
日本人乗客もいる。

それゆえ客室乗務員の中にはジレンマを乗り越えられなくて、
プライドがゆえに同国人にはマニュアルで固めたような
お辞儀や態度しかとれない人も見受けられるようだから、
わたしにとってはまことに居心地が悪い状況である。

客室乗務員の最大にして究極の使命は、
いざというときに乗客を安全に避難(ヒナン)させることだそうだ。
マニュアルサービス応対で非難(ヒナン)されてはいけないのである。

デパートのような店舗やファミリーレストラン等、
日本中のいたるところで見られる直角のお辞儀や大声の洗礼で迎えられるのは、
わたしにとっては気恥ずかしさ以外の何物でもない。

同じサービスならお辞儀の研修にかける費用を削って、
価格サービスで対応してほしいと願っているが、
最敬礼で迎えられるそれを「気分が良い」と満足する消費者もいるようだから、
世間はいろいろです。

マニュアルサービスに慣れた身で外国旅行をし、
店員のそっけなさに呆れてサービスが悪いと、
ご機嫌が悪くなるのもそういう人たちである。

実際、外国ではかなりひどい店員の応対も見られるが、
彼らにはお金を払う側と受け取る側の関係は、
あくまでも対等であるとの意識が根底にあるようだから、
日本式サービスは世界でも特殊であり、
それも度が過ぎていると認識する必要があるかもしれない。

企業サービスとは価格や品質、安全等の本来のものに予算を使って欲しいが、
真のサービスとは言えない目先のサービスにお金を使い心血を注いでいる様子を、
テレビのドキュメントでよく見かけるが、
過剰包装と同じようにサービスの過剰もそろそろ意識を変えたらどうなの。

企業側の意識を変える前に、世界でも珍しいこの手のサービス(?)を、
気分良しとする消費者の意識も変える必要がありそうな気もしています。

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