第83回  <待てない人>は造られる

購読新聞の特集記事で<待てない人>のタイトルを見たとき、
即座に身近な人の顔が思い浮かんだ。

夫のことだ!

食事をするためにレストランへ向かう。
そのレストランで二、三の人が待っているのを見かけると、
たとえ空腹であっても「待てない」とそのままきびすを返す。

並ぶのが当たり前で、常に長蛇の列が出来ている空港のチエックインカウンターやら
入国管理の際には、脚を揺すってイライラしているから、
傍らのわたしも落ち着いてはいられない。

夫婦とは良く出来たもの、とのたとえがあるようですが、
この場合、良いかどうかはわからないけれど、
わたしはかなりのんびり型だと思う。

夫はわたしのしゃべり方が気に入らないらしく、
「背中がむず痒くなる」とイヤミを言う。

最近ではタレントのもえさんとかいう人が画面に出てくると
「そっくりのしゃべり方だ」と軽蔑気味に言うが、
以前の対象は桜井良子さんや中山恭子さんだった。

しゃべり方がのんびりした人には、それなりの行動が伴う。
つまり俊敏な動きが苦手なのだ。

しかし欠点ばかりではない。
列に並ぶのは大抵は平気であるし、人を待つもの苦にならない。

独身時代にボーイフレンドを待っていたときの記録に、3時間というのがある。
いつかは来ると思っていたらそんな時間になっていた。
しかもボーイフレンドはそんな時間にやって来た。

わたしは
「ボーイフレンドはきっと仕事で忙しいのだろう、そこへ電話をしたら気の毒」
と思い電話もしなかった。
一方のボーイフレンドは電話をしたくてもかけられない状態で3時間が過ぎてしまったが
「あの子ならきっと待っている」と一応やって来たのだと言った。

これが今の夫ならちょっとしたドラマになるけれど、
彼は「今ごろ行っても無駄」とあっさり諦めるタイプである。

ボーイフレンドたちからは「お嫁さんにしたい女性」と結構モテた。
プロポーズもそれなりにあった。
それなのになぜか可能性の薄かった現在の夫と結婚してしまった。

まことに男女の仲は不可思議というべきですが、
結婚後は一点を除いてほぼ満足しているから、
神様のいたずらもまんざら悪くはないと思っていますが、
その一点が「待てない人の気の短さ」である。

世の中が効率主義一辺倒になり、ゆとりのない社会になりつつあると感じている今、
どうして人はそのように一刻を争いたがるのだろうと不思議でならない。

わたしは常々夫に言っている。

「そんなに急いでどうするの。人間の行き着くところはお墓の中よ。
 そんなに早くお墓に入りたいの?」

「待てない人急増中」の特集に、待ち時間についての意識調査
「どれくらい待たされるとイライラしますか」の設問があった。

エレベーター(30秒)、パソコンの起動(1分)、レジ(3分)、
通勤電車の遅れ(5分)、恋人との待ち合わせ(30分)の結果がでた。

サブタイトルに<携帯、ネット利便性向上で拍車>とあり
例として宅配便をあげているが、午前中、16時から18時のような
配達時間を指定できる宅配サービスの利用が多いとか。
このようなサービスがあればイライラは解消されるはずだが、
宅配業者はさらに注文した商品の配送状況をネット上で行い
<まもなく配送されます><お近くの配達店まで輸送中です>といった情報を提供し、
このサービスの利用件数がとても多いという。

この他にも、ファーストフード店などで秒単位の調理時間で、
待たせないを売り物にしたキャッチコピーを見た覚えがあるが、
この手の極端な効率を打ち出す場面は世間にはよくあるが、
そこまで消費者が求めているのだろうかと常に疑問に思う。

企業側が販売促進のために消費者の仮想ニーズを一方的に作りあげて、
または一部のニーズに反応しているのではと疑っている。

結果的には消費者がそれに乗り、
あたかも消費者の多くが求めていたかのような錯覚に陥っているのではないのかと、
わたしは憶測する。
きめ細かいサービスに要する企業の経費は、価格に反映されないだろうか? 
真に賢い消費者は一秒を争う宅配より、価格のサービスを求めるだろう。

企業側の仕事現場でも極端な効率主義が命題になっているようだが、
このような効率一辺倒でゆとりを失っているギスギスした世の中は、
キレルという行為が引き起こす陰惨な事件が起きるのも当然といえるかもしれない。

企業側の姿勢は商品の販売促進だけに限らない。
例えば低俗なテレビ番組やメディアの過剰報道にしても、
視聴者や読者は「もうたくさん」と思っているのにも関わらず、
あたかもそれが求められているような情報として一方的に提供され続け、
結果としてそれらを見せつけられるはめになる。
そしてさらなる悪循環に陥っているのではないのか。

そうだとしたら、やはり消費者や視聴者が積極的に声を上げなければ、
一連の悪循環はこの先も続くことでしょう。

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