第79回  タコ焼きの正しい食べ方

わたしの唯一の楽しみは毎日のお散歩である。
そこで見たり聞いたりする小さな世界をこよなく愛している。

いろいろな国に出かけても
「今ごろ河川敷のノラチャンたちはどうしているのかしら?」と気になり、
楽しくエキサイティングな旅を続けながらも、
その反面、早く帰っていつものお散歩をしたいと思うこともある。

旅行が命の夫は「バッカじゃないの」と嘲笑う。

バリバリのキャリアウーマンからすると、
散歩だけの平凡な生活は「とても我慢できないわ」ということになると思うが、
人の価値観はそれぞれである。

わたしは刺激的な生活や贅沢な暮らし、
流行のファッションやらグルメ等にはほとんど関心を示さないから、
必然的に平凡な暮らしになるのでしょう。

その日も、木の上で寝そべっていたネコちゃんやら、けんか腰のネコちゃん、
修行僧の風情のようなジョギングの人たちを眺めながら、
心地よい気分を味わいつつ夕暮れの中を家路に向かっていた。

そのとき妙な光景を見た。

夕暮れの住宅街の路地の向こうからフラフラと車体を揺らせながら、
ゆっくりと一台の自転車がやってきた。
日ごろ住宅街で出会う自転車はある程度のスピードがあり、
むしろ「あぶないっ!」と思うことが多いから、
今にも停まりそうな感じでフラフラやってくる自転車に注目した。

自転車の主は制服を着たイガグリ頭の中学生であった。
彼は右手に透明のパックを持ち、口を使ってパックのふたを開けていたから、
フラフラ自転車の理由はわかったが、しかし彼の行動は理解できなかった。
透明のパックの中身はタコ焼きであり、
なんと彼は自転車に乗りながらそれを食べようとしていたのだ。

部活に熱中してお腹が空いたの?

それならちょっと停まって食べれば、おいしく簡単に食べられるはず。

自転車を走らせながら右手だけに持った、パックと楊枝!

中学生の彼は、口を使って開けたパックの中のタコ焼きをなんとか食べようと、
必死に努力していた。
彼の状態は、左手はしっかりとハンドルを握りしめ、
右手の薬指と中指の間にパックを挟み込み、
人指し指と親指で楊枝をつまんでいた!

つまり彼は、舞台上の芸人さんのように自転車を操りながら、
右手にパックのタコ焼きを持ち、
さらにそれも右手の楊枝で刺して食べようということらしい。

不可能を可能にしたがっている彼の心理状態が理解できない。

「だってぇ、自転車に乗りながらタコ焼きを食べたいのなら、
 楊枝なんか使わなくても口をそのままパックに突っ込んだら、
 簡単に食べられるでしょ?」

タコ焼きを食べるのに自転車を停める手間さえ惜しんでいるのに、
どうしてわざわざ手間をかけて行儀よく楊枝を使って食べようとするのか?

その理由は<タコ焼きは楊枝を使って食べる>という、
強迫観念に囚われているからなのか。
そうだとしたら最近のニュースで伝えていた
<15歳の子供の考える能力の低下>を現場検証したようなものである。

自転車を漕ぎながらどうしてもタコ焼きを食べたいと思うときは、
タコ焼きと楊枝の相関関係なんかはうっちゃって、
応用や機転を利かせるのが正解なのである。

<応用や機転> それが出来ないのですね、今の子供は。

えっつ?
パックの中に口を突っ込んで食べる応用は、お行儀が悪いから正解ではない?

おや、そうかしら?

自転車に乗りながら、タコ焼きを食べるという問題が、
そもそも間違っているのでしょう? 
だから、答えが間違っていても当たり前。

タコ焼きを食べるときは、正しい食べ方をいたしましょう。

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