辛口コラム 第235回 羊と〇〇と日本人

都心の高層マンションの売れ行きが好調だと聞いています。
重度の高所恐怖症の身からすれば「物好きな」ということになりますが・・・

人間はどちらかと言えば高い所を好む生き物なのでしょうか?
マンションも上階の方が価格は高いというではありませんか。

わたしはタダでくれると言われても高層建物に住むのは絶対にお断り。
強度の高所恐怖症なのでノイローゼか胃潰瘍か発狂してしまうのがおちだから。

そんなわたしでも旅行先では高いタワーや建物にのぼる。
住むのはお断りでも一時的なら好奇心の方が勝っているようです。

エンパイアビル、シドニータワー、オークランドタワー、CNNタワー、
台北の101ビル等数々あるけれど、せっかくのぼっても無性に恐くて
景色を見る余裕などあったものではありません。

これまで「高い展望料を払ったんだもの」と元を取るつもりで頑張ってみたけれど
足が持ち主の命令に逆らい、乗ってきたエレベーターの前を離れようとしない。
夫も同様で、結局は恐怖心の確認作業をしただけで早々に引き上げることになり
毎度のことながら「高い展望料を払ってなにも見なくて損した」と、後悔する。

世界一高いドバイの800mのブルージュハリファではチケットが入手し難くて諦めた。
時間待ちさえすれば入手できるとわかっていても、
その気がもともとないのだから諦めるのも簡単でした。

旅行中は行き当たりバッタリで宿を探しますが
部屋は火事で飛び降りても助かりそうな3階までと決めている。
ホテルの半額クーポン券が手に入ると、星がたくさんついたホテルを利用しますが
高級なホテルは高層が当たり前なのであまり好きになれません。

シンガポールのウエスティンホテル(現在は改称)では
60階を割り当てられてパニックになりました。
フロントは部屋を替えてはくれませんでした。

そうなったらからには、火事に備えてバスタブに水を張り、
夫と自分のバスタオルを浸した。
60階では無駄だとわかっていても、
カーテンを引きちぎりシーツをつなぎ合わせるシュミレーションを
頭の中で何回も繰り返した。
懐中電灯の電池もチエック。
洋服のままベッドに身を横たえて、朝まで一睡もできませんでした。

そんなわたしを笑う人がいたら、読売新聞編集委員の芥川喜好氏が
<見えない建築>という文中で述べているくだりを紹介したい。

「高層が人間の肉体や精神に及ぼすストレスは、
摩天楼症候群として日本でも70年代から指摘されてきた」

つまり人間は地に足がついている方が精神衛生上よろしいというわけ。
でも人間の好みは千差万別でもあります。

ハワイのホテルのフロントで、金髪美人が胸を張って言いました。

「お客様のご予約はエコノミーでしたわね。とても運がよろしいですわ。
同じ価格でペントハウスをご用意させていただきます」

過去にも格安の部屋がスイートルームになったことがある。
ホテル側の都合で貧乏旅行者にも稀に幸運が舞い込んでくることがありますが、
果たして幸運と言えるかどうか・・・

わたしは叫んだ。

「えっ、そんなのイヤ! 高い所はダメ!」

ちなみにペントハウスとは、ホテルの最上階を占有できる最高の部屋である。
わたしが断るのを夫は呆気にとられて見ていたが、
妻の性分を知り尽くしているので「また、ビョーキがはじまった」と
最近では妙に諦めがよくなり、不服でも何も言わなかった。

夫は傍目にもすごく落胆しているように見えたから、
すこし可哀そうと思ったけれど、そのホテルは特に気に入らなかった。
ケチった薄切りのカステラのように妙にひょろっとしていて
今にも折れそうな印象の建物だった。

「もし、地震でも起きたら折れちゃうかも・・・」

だからここは死んでも譲れないと思ったのです。

金髪美女は呆れ顔で言いました。

「あら、お珍しい。大抵のお客様は高い階を好まれますのに・・・
特に日本からのお客様はそれはそれは高い所がお好みですわ。
まっ、希望者はたくさんいらっしゃいますからお取り替えは簡単でございますけど」

人間の好みや考えは千差万別、だからオモシロイじゃありません?


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