231回 カフェのバッグから

まだまだ暑い日が続いていますね。

お散歩に出かけるにも勇気と決断を要するような猛暑日が続き、
どうしようかなと思う脳裏に、すし詰めの通勤列車の勤め人の姿、
事件の捜索でうだるような草むらを、信じがたい長袖姿で、
一心に証拠品を探す捜査員の人たち。

たくさんの人が猛暑の中で頑張っていらっしゃる姿を思い浮かべ、
大甘の自分を鼓舞して、ようやく家の玄関を出ることができる。

それでも道中の半分もしないうちに涼と飲み物を求めて、
ときどきベーカーリーが併設するカフェに転がり込む。
みなさんも同じ思いであるらしく、例外なく混んでいる。
他の季節には気に入った席を選べても、
今は冷房が強く当たりすぎる席でも空いていれば
ありがたいと思う気持ちになる。

テーブル席は満席で、外を眺めるカウンター席しかなかった。
紅茶で一息ついていると、しばらくして隣りの女性が席を立った。
間髪をおかず空いたばかりの椅子にドサッと、
離れた場所から中年女性がバッグをボールのように放り投げて来た。

さすがのおばさん、いち早く座席の確保と思ったけれど、
その後はどうしたのだろう。
バッグを放り投げたまま一向に戻ってこない。
長いトイレか、はたまた注文のパンや飲み物をあれこれと
わたしのように迷い過ぎているのか。

それにしてもバッグをこんな風に放置するのはやはり日本だから?
日本人だから?

外国ではあっという間に魔の手が伸びて、
太陽が東からあがるのと同じくらいの確率で置き引き被害に遭うはず。

外国の人が日本に来て驚くことは、カフェやレストランをはじめ、
いろいろな場所で目にするバッグや荷物の放置であり、
それを見て「クレイジー」と彼らは表現する。

さすが日本、と胸を張りたいところだけれど、
今は日本でも凶悪犯罪が増え、置き引き被害にしても油断は出来なくなった。

それでも他の国に比べたら、まだまだと言えるのでしょうか。

実は、わたしにもたった一度だけ被害経験があります。

まだ通勤生活をしていたころのうん十年前。
そのころの世相を今と比較すると、
空気の流れが目に見えるほどのものであると思っていたけれど、
実は違っていた?
その時代に通勤電車の中で置き引き被害に遭ってしまったのだから。

普通では遭わなかったはずの被害に、なぜ遭ってしまったのか。

原因はわたしの乙女心? 

当時は長距離通勤を余儀なくされていたので、
バッグを膝に置いていると衣服にシワが寄る。
今と違って多少はおしゃれ心があった年ごろであり、
顔のシワはならずとも衣服のシワも許せなかった。
バッグを網棚に置き、遠距離通勤で万年寝不足気味の身は
電車に乗るとパブロフの犬のように眠りこける。

被害に遭ったのは帰りの電車だった。

自分が降りる駅の3つ手前で律儀に目を覚ますのも、身体で覚えた習慣らしい。
さてと、網棚に目をやるとバッグが「ない!」。
すぐに下車して駅員さんに告げ、
それからは自分の住まいを管轄する警察に届けたりで、
思った以上に時間がかかり、家に着いたのは深夜近くになっていた。

警察を出る時アドバイスをいただいた。

「バッグの中の身分証明書で住所を知られ、
 留守を狙って鍵を使って盗みに入るのが常套だから、
 すぐに鍵をつけ換えなさい」

さらに、夜中でも対応している鍵職人さんを紹介してくださった。
高い料金ではあったが安心できた・・・と思ったけれど、損したなあ・・・

実は、被害に遭ったのは三月の半ば。
住んでいる家の売却契約も済ませ、
4月からは新しく購入した家に引っ越すばかりの時期だった。
二週間もすればオサラバする家の錠を、
高い料金を払ってわざわざ付け替えるなんて馬鹿馬鹿しいと思ったのは確か。

そのとき、家の中はすでにほとんどの荷づくりを終えていて、
最小限度の生活用品だけで暮らしていた時期でもある。
この状況で錠をつけ換えなかったら、
窃盗団に「どうぞお持ち帰りください」とばかり
彼らのお仕事をはかどらせることになる。

やはり、損ではなかったと自分に言い聞かせ、すこし気を晴らした。

さて、翌日。

警察から別の駅の男子トイレの洗面台に
バッグが放置してあったと連絡が入ったけれど、もちろん中はからっぽ。

その路線では〇〇窃盗団なるスリ集団が暗躍していて、
網棚のバッグなどは片手に持った新聞で、
うまく偽装して持ち去るのが手だとのこと。

いつの時代でも<浜の真砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ>を実感した。

今では電車の網棚に高価そうな手持ちのバッグが放り投げてあると、
その主らしい方に「バッグは大丈夫ですか?」と、つい声をかけてしまう。
大抵は「大丈夫です」とおっしゃるけれど、
間違いなくそのうちに被害に遭うと確信している。

そのとき後悔しても、もう遅いわよ。

どうやら昔のトラウマから、
超おせっかいおばさんになってしまったようだけれど、
めげないでこれからも「一声かけよう運動」は続けるつもりでいますが、
みなさまもくれぐれもご用心。


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