第224回 大人の目線を捨てるとき

音楽評論家の湯川れい子さんが、1980年に撃たれて亡くなった
元ビートルズのジョン・レノンさんについて語っていますが、
とても示唆に富んだ考えさせられる内容なのでご紹介したいと思います。

ジョン・レノンさんは撃たれて亡くなる前の数年間<主夫>になって
息子のショーンの子育てに専念した時期があるようです。

湯川さんはショーンが2歳半のころ日本に来ていたジョンと会い、
「子育ての楽しさ」について聞いたことがありますが、
そのときジョンさんは滞在していたホテルでショーンをひざの上に乗せて
テレビを見ていたけれど、CMになると音を消したそうです。

湯川さんが理由を聞くと、ジョンさんは「CMというのは音が大きいし、
あくまで疑似体験に過ぎない。例えば、ソーセージを食べた経験のない子供に
(CMの)情報だけを与えたくないんだ。感性の発達に影響があるからね」

ジョンさんによると、子供たちが好きな「ヒーローもの」のテレビ番組で
怪獣の首が飛ぶようなシーンを見ても、隣で大人が「痛いね」「かわいそうだね」と
言ってあげないと<感性の切り離し>が生じてしまい、子供は痛みを感じなくなってしまう。
それは「すごく怖いことなんだ」と話してくれそうです。

これはジョンさんが特別ではなく、
欧米での子育てのシーンでは定着しているように思えますが、
日本の子育世代の親たちのどれほどの人がこれだけの考察を持って
子供に今の日本のテレビ番組を見せているのかを考えさせられます。

以前に他の場で書いたコラムの内容は
テレビでアメリカと英国の家族が数ヶ月間だけ家を交換して住み、
その内容をレポートする興味深い番組がありました。
その中で英国の家に住み込んだアメリカの家族が、
村の祭りで上演された人形劇で、殴り合いを見せる場面があったとき、
パパがすかさず傍らの小さい男の子に言ったセリフが印象的でした。
「これは人形の劇だからね。本当に殴りあうととても痛いんだよ」

これはジョンさんの場合とまったく同じです。
つまり、劇やテレビの中で頻繁に登場する暴力場面は、現実では痛みを伴うことを、
現実と見ているものの違いを親は子供にきちんと教えています。
これが子供の<感性>に大きな影響を与えるものと思います。

かつての新聞記事には衝撃的な事例がありました。

たとえば、夏休みの林間学校のキャンプファイヤーで、
素手で飯盒をつかんでしまった子供はガスの青い火だけしか経験がなかったので、
赤い炎が熱いとは思わなかったとのこと。
スーパーで買った刻んだ野菜しか見たことがない子供は、
野菜が畑で育つことを知らなかった。

これに類するような驚くべき報告例がたくさんありました。
大人が考えるとあまりにも当たり前で「まさか」と思うような内容が、
子供の世界では「未知のもの」になっていることが多いことを
大人がもっと知る必要があるのではないのでしょうか。

子供の感性を育てるということは子供の目線で対処しないと、
思わぬ落とし穴があるようです。
大人の目線や考えでは「当たり前」のことが、子供世界では「謎だらけ」であり、
真っ白な心に大人の流す情報が「感性抜き」でそのままタレ流されたら
恐ろしいことになるのでは。

以前、中学生の一クラスが孤島で最後まで殺しあう「バトルロワイヤル」の上映をめぐって、
国会で論議まで行われました。
登場人物が中学生世代なので、当然観客もそれらの世代が予想されたので、
コラムで「そのような内容の映画をわざわざ見せる必要があるのか」と
反対意見を書きましたが、その際、同年齢の子供を持つ主婦の方から
「自分の子供には見せたが、ことの善悪を教えれば大丈夫」のようなご意見をいただきました。

わたしはかなり気になりました。
小さいころから欧米の親のような「感性教育」を施さないまま、
いきなり衝撃的な内容だけをつきつけたらどうなるのでしょう。

他の男性のご意見で(内容は正確ではありませんが)
「小さいころは明日のジョーのような暴力シーンを見て育ったけれど、
その時代の子供が悪くなったとは思えない」とありましたが、
その頃の社会環境は現在と全く違います。
祖父母世代の同居や町や村の共同体の子供への接し方がまるで違っていました。
ジョンのようにわざわざ特別に感性教育をしなくても祖父母や親、隣近所の人たちが
毎日の生活の中でそれと意識しないまま、立派な感性教育を施していたからです。

現在ではそれらはすでに崩壊状態のまま、
子供たちは毎日刺激的な内容のテレビ番組やニュースをシャワーのように浴びています。
さらに携帯電話やゲームなどに没頭してますます感性の世界から隔離されている状態です。
世界に類を見ない残虐な内容の犯罪が日本の子供たちや若者世代になぜ多いのか、
もう一度考え直す必要があるのではと、ジョンさんのエピソードを通じて実感しました。


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