第204回 どけどけ、あぶねーだろ!

外出先から帰ってきた夫が腹立たしそうに言った。

「近ごろの年寄りにも困ったもんだ」
「あら、どうしたの?」

「狭い歩道で猛烈な勢いで自転車を飛ばしてやってきた」
「近ごろではめずらしくないわよ、それくらい。困ったものね」

夫もそろそろの年齢にさしかかっていると言うのに、
自分だけは違っていると思っているらしい。

「ところがそのジイサン(どけ!どけ!あぶねーだろっ!)って怒鳴りながら
 睨みつけてぶっつかりそうになった。(あぶねーのはどっちだ、クッソ!)
 と思った」

どっちもどっちと思ったが、夫は続けて言った。

「自転車にちっちゃい子を乗せていた若いお母さんに、自転車は左を通れ!って
 怒鳴ったぜ。あんな細い道で右も左もあるもんか。かわいそうに」
「怖かったでしょうね。そのママさん。このごろ信号無視もひどいのよ。
 前は若い子だったのに、今は高齢者の方が多いのよ。どうなっちゃってるの」
 
以前、ダイナマイト25本を持って病院を爆破しようとして乗り込んだ
70歳のジイサンが逮捕された。
その理由を聞いてこちらが先にぶっ飛んだ。

「前夜、腹痛を起こして病院へ行ったが注射を打ってくれなかったから」

ダイナマイト25本に点火したら病院はまちがいなくぶっ飛んでいる。
命にかかわる腹痛でもあるまいし、注射を打ってくれなかったと
そこまで気持ちを暴発させる人がいるのかと信じられなかった。
しかも分別をいくつも重ねた70歳という年齢。
病院がぶっ飛んだらどういう結果をもたらすか、頭の中はからっぽだったのか?

(たかが腹痛くらいで何さ!)

腹痛も侮ってはいけないけれど、病院が注射は不要と判断したのだ。
その証拠に翌日にはダイナマイト持参でお礼参りするほど元気がでたじゃない。
無駄な注射なんか打ってもらわなくて良かったのよ。
治療費だってそれだけ安くすんだと思えば感謝しなくちゃならないのに。
頭のひとつもぶん殴って目を覚まさせたいくらい腹立たしいジイサンである。

夫が出かけるときはいつも心配する。変に正義感が強くて気の短い人だから、
こういうご時世には妻としては心配でならない。
だから必ず言い含めている。

「もし、気に障るような若者がいてもやたらと注意しちゃだめよ。今の若い人は何をするかわからないから。いきなりブスッっと刺されちゃうと怖いから」
(マジメな若者さんたち、ごめんなさい!)

しかし、これからはこのセリフにジイサンを加えなくてはと思った。


HOME  TOP  NEXT