第201回 英語が出来てもバカはバカ!

新聞の書籍広告に刺激的なタイトルの本があった。
マイクロソフト元社長さんの成毛眞さんの「日本人の9割に英語はいらない」である。
タイトルが刺激的なら、キャッチフレーズも過激である。

「英語業界のカモになるな!」
「英語ができても、バカはバカ」
「頭の悪い人ほど英語を勉強する」

信じられないことに、
成毛さんはマイクロソフト日本社長を勤めていたのに英語が話せなかった。
その人が「9割の人は英語が話せなくても全く問題ない」と、
自らの経歴と統計データから算出した数字で断言するのだから説得力がある。

英語が必要な1割の人とは、
ビジネスにおいて英語力がそのまま評価につながる職業ということになり、
外資系企業のビジネスマンであり、外国人を相手にする機会が多いホテルの従業員、
デパートの店員、あるいは英語論文を読むための研究者や医師といった人たちであるようだ。

成毛さんは危惧していらっしゃる。
「20代、30代は仕事で覚えなければならないことが山ほどあるのに、
 英語の勉強に時間を取られたら、肝心の仕事に集中できない。
 この時期に身につけられなかったら、生涯仕事ができないビジネスマンのままで
 終わってしまう」

つまり、将来に備えて勉強する語学に時間を取られるよりも、
目前の大切なことを勉強しなさいということになるようです。

以前、楽天やユニクロが社内で英語を公用語とし話題をよび、
小学校での義務化でも論争が沸いた。
わたしはすぐにコラムでこのことを取り上げ、
英語が話せても肝心の話す内容が伴わなければ意味がない。
英語よりも前に身につけるべき基礎知識があるはずと、
かなり辛辣な言葉を綴った覚えがあります。

たぶん、そのときのわたしにも成毛さんと同じ思いがあったのではと感じたが、
実際、同様に思った人もかなりいるのではないかと推測しています。

これまでに聞こえてくる世界における日本人のイメージは
「英語は話せるのに自分の考えを述べることが出来ない」というのが一般的である。
米国の留学生の中でも中国人や韓国人留学生は活発に発言するが、
日本人留学生は自分から意見を述べることはないと言うのが通り相場のようです。

クリントンさんが米国務長官のころの記者会見で、30代くらいの中国人男性記者が
尖閣諸島がらみで米国のスタンスを問う鋭い質問を浴びせた際に、
一瞬、クリントン長官がひるんだ場面があった。
世界に名だたるクリントン長官を相手に一歩も引かない中国人記者の度胸に感心したが、
記者ならば当たり前の根性である。
日本人記者も同席していたに違いないが、
彼が英語に堪能だとしても、つわもの揃いの記者会見の場で
果たしてその度胸があっただろうか。
日ごろ国内の記者会見の生温い質問を見聞している身には到底考えられないが、
結局、英語を話せるかどうか以前に問題があると思っています。

英語は打出の小槌ではない。
英語さえできれば何でも可能とはならない。
語学とは単なるツール(道具)であり、自分の考えや思いを伝える手段にすぎないものである、
ゆえに根本的な学力、能力に欠けているならば、せっかくの語学力も宝の持ち腐れ。

しかし、日本人の英語崇拝は絶対的であり、
英語さえ出来ればの認識のもとに、ついに小学校まで必須化になった。
基礎学力が満足に身につかないうちに、英語を必死に勉強してどうするの? 
もちろん英語の勉強も必要ですが、
今の日本の英語崇拝は異常事態に映るから気になるのです。

英語崇拝が高じて、今や意味の通じない和製英語までが巷はおろか
役所の印刷物にも臆面もなく氾濫しています。
成毛さんがおっしゃる「英語が出来てもバカはバカ!」が耳に痛い。


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