第185回  女もフンドシ一丁で相撲を取れるか、どうだ!

今日、スーパーでBGMが流れていた。
いつもと言うわけではないようです。

昨年末には、もういくつ寝るとの「お正月」が流れていた。
今日はメドレーだった。
春は名のみの 風の寒さやの「早春賦」
菜の花畑に 入日薄れの「朧月夜」

幼い女の子が、精いっぱいの声を張りあげている歌声がとても愛らしく、
耳に懐かしいそれらの曲を、いつしか心の中で唱和していた。

BGMなら断然ジャズが好きだけれど、
子供連れの多いスーパーではこちらの方がふさわしい。

三番目の曲は、そろそろ時期なのか
灯りを点けましょ 雪洞(ぼんぼり)の「雛祭り」だった。

子供のころの雛祭りに、緋毛氈をかけたひな壇の前で、
お重に詰めた母の手づくりのごちそうをいただいた。

その麗しくも懐かしい想い出をぶっ飛ばすように
「雛祭り」のキーワードで、昨年のテレビ画面も一緒に蘇ってきた。

我が家でテレビを見るのは食事時間とおやつの時間だけである。
今のテレビ番組を、わざわざ時間を使って見るのは時間がもったいないと思うから、
口にものを入れている間だけついでに見るものと思っている。

その日、昼食時にリモコンのスイッチを押すと、いきなり国会中継が現れた。
近ごろの政治状況は腹立たしいだけでどうせ国会審議も茶番だろうから、
せっかくの食事がまずくなるとチャンネルを変えようとした。

そのとき、答弁席に立つ田中防衛大臣の至ってのんびりしたどんぐりまなこが
コロコロと目に飛び込んできた。

あらぁ、この席に立つのはイジメられる時じゃないの。
こりゃ下手なドラマを見るよりおもしろいかも。

ドラマはもう二十年ほど見ていないが
本日の国会中継は食事も弾みそうだからと思い直して
チャンネルはそのままにした。

田中大臣の椅子の背もたれの陰に、秘書官ができる限り身を低くし、
隠れる努力をしつつへばりついている。
彼が頻繁に答弁内容を書いた書類を大臣に渡す際には、
どうしても身を乗り出す形を取らざるを得ない。
不自然なその姿をテレビカメラがその都度しっかりとらえている。

可能な限り人目を避けたい彼らのやりとりを
それを見せるのが目的でもあるかのような、超親切なカメラアイ。

こんなのがおもしろくって国会中継をやめられないの。
ニヤニヤしていると、だしぬけに夫が言った。

「この女の議員は誰だ」

 田中防衛大臣に舌鋒鋭く迫っているのは女性議員だった。

「あら、知らないの? 山谷えり子さんよ」
「ふーん、こんな議員がいたのか」

「こんな議員なんて失礼よ。わたし、この方のフアンなの。
 芸能人のフアンには一度もなったことがないし、興味もまったくないけれど
 この方は好きなの。あのね、山谷新平さんて、たしかラジオかなんかの
 パ−ソナリティをなさっていた有名な方がいたけれど、その方のお嬢さんなの。
 以前はタウン誌の編集長をなさっていたけれど、いつの間にか議員になっていたわ」

「なんだ、また有名人の二世か」

「ちょっと、ほかの人と一緒にしないで。わたしがこの方を知ったのは
 男女同権論議のときよ。ほら、前にあったでしょ。女の子の桃の節句や
 男の子の端午の節句は、男女同権に反するってどこからかクレームがついたこと」

「くだらん!」

「あのとき、山谷さんはそんなのはおかしいと国会で猛烈に噛みついたの。
 わたしも憤慨していたから、まともな議員さんがいるってすごくうれしかったわ」

それから恒例の我が家のオフレコ会話が始まった。

オフレコ。

つまり、他に漏れてはマズイ内緒話。
我が家のオフレコはいつも脱線気味で、ブッ、ブーの独断と偏見にまみれている。

「そもそも桃の節句や端午の節句を男女同権に結びつける発想はどこから生まれたのかしら」
「アホどもの考えることはわからん!」

「あれは男女差別ではなくて、男と女の特徴からきている区別でしょ」
「有識者を気どってるやつらが言いそうなたわごとだ」

「男女の特徴や区別までなくしちゃったら、恋愛はどうなるの」
「やつらの言い分は、女もフンドシ一丁で相撲を取れっていうことだ、どうだ!」

「なるほど、そういうことになるわね」
「スポーツは全部男女別に分かれているぞ。どうしてイチャモンをつけないんだ」

「あら、よく気がついたわね。桃の節句よりもわかりやすい男女差別だわ」
「女子大や男子高も同じことが言えるぞ」

「わたしたちはそうは思わないけど、彼らの論法では一緒でなけりゃならないはずね」
「トイレだって男女別なんだぞ、どうする」

「世の中には男と女が区別されていることっていっぱいあるのに、
 なぜ昔からの子どもの楽しみの行事をわざわざ取りざたしたわけ?」
「〇〇〇〇共のヘリクツは、まともな人間にはわからんということだ」

「それより、あの勢いの男女同権運動はどうなったの?
 今だって働く女性の立場は当時とそれほど変わっていないはずよ」
「ファッションと同じってヤツだな。ワァーと流行って、ハイそれでおしまい」

「ファッションと男女同権運動が同じレベルなの?」
「それが日本って国だ。それくらいわかるだろ、ずっと見てきたんだから」

「メディアの煽りに踊る人が多すぎるから?」
「そういうこと!」

庶民はオフレコで鬱憤をはらす。
不況時に、お金をかけないで楽しむとなれば、こんなことくらいしかないの。


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