第180回 あなたのシジョウの価値は?

悪い癖ですが、パソコンに向かうとき聞きもしないラジオをタレ聞きしている。
その日はなぜかテレビだった。

「あなたの価値は・・・」という声だけが耳に飛び込んできた。
なにしろタレ聞きだから、どこの局でどういった番組かも定かでない。
しかし、さみだれ式のキーボードを打ち続けながら思ったものです。
(わたしはこの世の中でたったひとりの存在。それに代わる至上の価値ってある?)
と胸を張った。

テレビは続けた。

「これからは、シジョウでのあなたの価値が問われる時代です」

(えっつ、もしかして魚市場とか牛肉市場とかこっちの市場?・・・それって、
 わたしを世間というイチバに持っていったときにつけられるオネダンのこと?)

わたしはすでに職場をやめていた。
絶対につぶれる心配のない安定した職場をやめる際に、
友人からは「気がどうにかしちゃったの?」と問われた。

わたしの退職願望の芽生えの原点は、どうやら最初のころのヨーロッパ旅行で出会った
朝の出勤風景にあるらしい。

異国の朝の街角のカフェでは、出勤途中のトレンチコート姿の男性が
カウンターバーに寄りかかり、熱いカプチーノをすすりながらパリ・マッチ紙なんかを
読んでいる。映画のワンシーンのようなしゃれた光景に心を奪われた。

そのころのわたしは通勤時間が往復4時間の遠距離通勤族。
日の短い季節は、暗いうちから起きて暗くなってからの帰宅。
朝は夫にご飯をたべさせ、健康のためのお弁当作りをしながら、
トースターからパンを引き抜き、ミルクをチンして、あたふたと口に詰め込む毎日。

ヨーロッパのしゃれた朝のカフェスタイルも、我が家ですれば何のことはない、
お行儀の悪いただの立ち食い!

わたしは危機感を募らせた。
「このままでは、無いのにも等しい生活の美意識が、本当にねこそぎなくなっちゃう」

わたしはせめて朝ごはんだけは優雅にいただきたいと、ひたすら願いずっと憧れてきた。

そして、ずっと疲れていた。

仕事をやめた今、それはそれはゆっくり朝食をいただけるようになり、
それなりに満足もしているが、今まで早起きした分を取り戻そうと、
ひたすらお寝坊にいそしんでいるから、
まともにお隣さんの顔をみられないような生活をしている。

そこへ脳天を直撃するかのような<あなたの市場での価値>である。

現役当時はそれなりに頑張っていたが、それでも自分の仕事の代わりなど
いくらでもいるわいと、ちょっと醒めた目で見ていた。
職場での自分の価値など自分が勝手に思い込んでいるだけで、
考えること自体が愚かしいと思っていた。

それでも働いていればお給料という形で、自分の市場の価値が確保されていた。
しかし今はその場さえなくて、当時に比べたら段違いにぐうたらに成り下がった自分がいる。

今<市場での価値は?>などと問われたら顔面蒼白。

「あなたの価値は?」と大上段に構えられたら「世界にたったひとつの存在よ」と
切り返してごまかせるが、ごまかしようのない<市場での価値>を突きつけられたら・・・

・・・テレビ局さん、かなり罪な企画ですよ。

ところで、アナタのシジョウの価値はいかがですか?

「オレ(ワタシ)が、休んだり倒れたりしたら、この会社はやっていけない。だから・・・」

ちょっと待った!

井の中の蛙採点や自己満足採点ではなくて、キビシーイ世の中という市場(イチバ)に、
別の優秀な商品と並んで売り出されたときにつけられるアナタのオネダンのことよ。

さて、いかがでしょうーか?

テレビの企画の主旨は、こういった(厳しい)世の中だからこそ
<自分に磨きをかけてレベルアップをはかることが肝要>ということでしょうね。

すごくごもっともですが・・・

レベルアップと簡単におっしゃいますけれど、
チャレンジする身はおっしゃるほど簡単ではないようです。

身にしみるでしょうか、やっぱり。


HOME  TOP  NEXT