第155回 電車の中の缶ビールの行方

電車に乗って都心へでかけるとき、券売機の画面を見てハテ? と戸惑った。
画面にはスイカの文字が表示されていた。
スイカでしか買えないのかと思い、隣の列の人の後ろに並んだ。

そこへ学生風の若い男性がやって来た。
彼はわたしが離れたばかりの券売機の前に立ちパネルの横のボタンを操作した。
すると見覚えのある金額表示の画面が現れた。

(うっそー、あの機械でも買えたんだ)

かなり前にも券売機の前で同じ失敗をしたと思い出し、
どうせならもっと早く思い出せば、二度目の失敗はなかったはずと悔やんだ。

旅行は別として、日常の生活では年に二度ほどしか
自分の町を離れたことがない出不精の人にとって、
天災と同じで、忘れたころにやってくる外出に伴う失敗である。

その日は快晴の土曜日だった。
ずっと曇りがちや雨の日が続いていたせいか、
久しぶりに晴れた日のお昼に近い電車は通勤時代の電車のように混んでいた。
途中の駅から大勢の乗客に混じって白い杖を付いた白髪の老婦人と、
その手を引いている中年の女性がいた。
(こんなに混んでいるのに大変だなぁ)と思わず同情した。

台湾や韓国などでは、乗り物で幼児を連れた人や高齢者、
身体の不自由な人を見ると、即座に席を譲るのを何度も見ている。
日本も昔はそのような光景も見られたが、今では少なくなったように思う。

さて、帰りの電車。

電車がホームに滑り込んできたとき既に満員状態だった。
乗客が下りるとその隙間を狙って待ち構えていた人たちが乗り込む。
わたしはここで躊躇した。
満員の車内は、我が身が圧縮機にかけられたような恐怖を感ずるから、
次の電車を待った。

しかし、次の電車も同じように混んでいた。

そうして数台の電車を見送ってから、あることを思い出した。
勤務時代にも何台も電車を見送り、最後には諦めて満員電車へ乗り込んだ。

だからその日も、最後には覚悟を決めて列に並んで乗り込んだ・・・
と言うより、後から押されて押し込まれたのだけれど。

そのすさまじい混みようの中で立っているふたりの青年に注目した。
左手で荷物棚のバーをつかみ、右手で缶入りの飲み物を飲んでいた。
それがビールだとわかったのは、車内にビールの匂いが漂っていたから。

彼らは人に押されている状態で、
座っている人の頭の真上でビールを飲んでいる。
座席の人は頭の上のビールが気になり、気分がよろしくないのではと同情した。

駅に着き、やれやれと思いながら電車を降りて駅前の商店街を歩いていると、
背後でカーンと缶を捨てる音がした。
振り向くと、コンビニの缶収納ボックスに誰かが缶を投げ入れたところだった。
その顔を見てウッソーと思った。
先ほどまで電車で一緒の若者たちだった。

(ふーん、コンビニの空き缶ボックスに入れたのね。
 まぁ、コンビニの人は気を悪くするかもしれないけれど、
 缶の捨て所は悪くなかったようね)

以前、住宅街で目の前を中学生くらいのボクちゃんが三人歩いていた。
そのうちのひとりが缶飲料を飲んでいたが、
空になった缶をどうするのかしらと注目(背後から監視?)していると、
ブロック塀の上に置いて知らんぷりをした。

さっそくわたしは呼び止めた。

「ボクちゃん、大事な忘れ物をしたわよ。ちゃんと持って帰らなくちゃね」

ボクちゃんはちょっと照れ臭そうな表情で缶を手に取ったけれど、
そのまま家まで持ち帰るとは信じられなかった。
きっと監視の目が届かなくなったら、
またどこか適当なところへ置き去りにするだろうと思ったので、
(どこかその辺のコンビニのボックスへでも入れさせてもらったら)
とアドヴァイスしようと思ったけれど、やめた。
何の権限もないわたしが、勝手にコンビニのボックス借用許可をできるはずがない。
コンビニからクレームでも来たら、それこそ割に合わないではないの。

しかし、電車の若者たちがそこらへ缶ビールを放置するよりも、
自発的にコンビニのボックスを借用するのは、もちろんわたしの責任ではない。

以前、道の真ん中に落ちていた空き缶を拾って道路の端に置いたら、
通りかかった人から「缶をそんなところに捨てるもんじゃない」と叱られた。

なんて割り合わないと思ったけれど、
缶飲料に関する思いはまだいろいろあります。


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