第154回  不思議発見! お散歩風景と怒り爆発

わたしの日常は一年を通して、
お散歩とスーパーとおさんどんのトライアングル人生。
半径三キロくらいの範囲が生活のすべてと言っても過言でない狭い世間です。

さらに寒い季節には、そのお散歩もほとんどさぼりがちになり、
まったくの閉じこもり生活の様相を帯びている。

しかし健康的な生活を送りたいとの脅迫観念から、
薄闇が迫るころになると慌ててバタバタと家を飛び出すので、
さながらコウモリ女のような生活スタイルを貫いているけれど、
それでも、張り詰めたような空気が少しずつ緩んできて春の兆しが感じられると、
さすがに気持ちのよい日差しを受けたいと思うようになる。

その日は久しぶりに昼下がりの河川敷を目指して、
住宅街をブラブラ歩いた。

その空は青く澄み、どこからか沈丁花の香りが漂ってきて思わず深呼吸をした。
そのとき「ああ、なんて幸せなんだろう」と心から感じた。
早春の住宅街を歩いただけで幸せを感ずるわたしの「シアワセの器」は、
ずいぶんとささやかなものだと思ったが、それがまたうれしかった。
きっと器が大きすぎたら、この幸せ感は一生味わえないと思うから。

さらにお散歩の時間を変えただけで、いろいろ違った場面に遭遇することになり、
お散歩をするのにも時間帯によって印象が違うことを実感する。

駅前の小さな飲食店が軒を連ねている路地に差しかかると、
短髪の恰幅の良い中年男性が自転車でフラフラやってきた。

その左手はハンドルを握り、
右手の茶色の液体が入ったウイスキーグラスを薬指と親指で支え、
さらに親指の端に載せたタバコを人差し指で器用に押さえながら、
グラスを頬につけるような格好でそれを吸い、
グラスの中のカフェオレのような液体をなぜかストローで啜っていた。
(自転車に乗りながらではストローの方が飲みやすいから?)

もちろんこの一連の行動は、
ずっと自転車に乗ったまま右手だけで行ったものである。
この難解なクイズのような男性の出現にしばらく呆気に取られて、
フラフラする後ろ姿を見送っていた。

以前もやはり自転車に乗り、右手にタコ焼きの器と楊枝を持ち、
それを右手だけで刺して食べようとしていた中学生くらいのボクちゃんを見かけたが、
今回はもっと複雑だった。

世の中には不思議な人たちもいるものだとつくづく思ったが、
これらは本当はそう珍しくはないことで、
わたしの世間が狭すぎるので、
広い世間に触れてビックリしたのかと感じた。

男性のカフェオレのようなものを見たら急に何か飲みたくなり、
近くのベーカリーが併設しているカフェに寄った。
ポット入りの紅茶と焼きたてのおいしいパンが460円也の経済的なカフェで、
店内にはいつもなつかしのアメリカンポップスが低く流れている。
ぼおーっとするのには最適の空間であるから、
お散歩のついでに立ち寄ることがある。

壁に沿ったベンチ式の椅子に座ると、
左隣は40歳代の女性が熱心に携帯を覗き込んでいた。
何が彼女をそんなに夢中にさせているのかと好奇心が募ったが、
覗き見はハシタナイと好奇心に固く蓋をした。

右隣の50歳代の女性は電気代か電話料か公共料金の請求書を片手に、
その金額とにらめっこをしてチエックをしていた。

目の前のテーブルには、
紺色の帽子と制服姿が愛らしい幼稚園児か小学校低学年の女の子と、
30歳代のママが向き合って座っていた。

わたしの席からは、目の前の舞台を見ているような位置関係になっているから、
顔を上げると否応なしに目の前の母子の姿を見ることになるが、
ママの視線はずっと携帯に張り付いている。
お譲ちゃんは所在なさそうに、身体をゆすったり椅子の脚をぶらぶらさせたり、
傍目にも飽き飽きしている様子が伝わってくる。

彼女はテーブルの上に指で文字を書いてみたり、
できる限りのことをして退屈を紛らわしている様子がいじらしかった。
その年ごろならぐずってもおかしくないのに、
じっと耐えてお利口にしている様子が切なかったから、
一度も我が子に声をかけることもなく顔を見るでもない、
じっと携帯に目を吸い付かせている母親に腹が立って仕方がなかった。

「いい大人が携帯に夢中になってなにさ、恥ずかしくないの」

と、心の中で毒づいた。

40分ほどの間、母親の視線は携帯の画面に吸い付いていた。
目の前の我が子の存在をまるで無いものとして扱うほどのものが
携帯の画面の中にあるのか?
わたしには難問クイズの男性の存在よりも、
目の前の母親の気持ちがもっと難解で不思議に思えた。

やがて母親は黙って立ち上がると、ひとりでさっさと席を離れた。
お譲ちゃんはピンク色の毛糸の手袋にひとつひとつの指を通してから、
椅子から滑り降りて母親の後を追った。
これほど子どもの存在を無視したひどい母親の姿を見たことがなかったので、
とても後味の悪い思いを抱えたままわたしもカフェを後にした。

夜ベッドの中で今日の一日を思い返し、
もう寒くはない時期に小さなピンク色の毛糸の手袋に
一本一本の指を確かめるように押し込んでいた幼い女の子。
その身体に漂っていた小さな反抗のような思いと、
寂しげな表情が脳裏に思い浮かんで思わず目頭が熱くなった。

携帯ごときに中毒のようになっている愚かな母親のもとで、
今ごろあの子はどうしているかなと思いつつ眠りについた。

いい加減にしろ、携帯中毒患者め!



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