第143回  芸能人は、いいなあ

「芸能人はいいなぁ」と、突然夫が言った。

テレビで芸能ニュースを流していたけれど、
我々夫婦の年代では名前も知らないような若い歌手だったが、
都心の高級住宅街に数億円の家を建てたというものだった。

「こんな若い連中が、あっという間にサラリーマンの生涯給料よりも
 高い家を簡単に手に入れちゃうんだからなぁ。世の中は間違っている!」

夫は吠えながらため息をついた。

「あら、芸能界では珍しい事じゃないわよ。はたちをちょっと過ぎたばかりの
 子たちが、両親に家をプレゼントした話なんかたくさんあるわ」

「人のために尽くしている警察官や看護師に、 
 もっと苦労に報いるような給料をやってもいいのに、不公平だ」

「そんなことを今の日本で言っても無理よ。
 だったら体制の違う国に行くより仕方がないわね」

わたしはからかうが、夫はその体制の違う国は大嫌いなのである。

自分の言っていることが矛盾に満ちていると
当の本人はよく承知しているけれど、
それでも言わないではいられないのは、
芸能人の収入が桁違いだからかもしれない。

芸能人か芸術家か判別に苦慮するが、
テレビゲストの常連らしいフラワーデザイナーは、
都心の一等地に17億円の豪邸を建て、現金で支払ったとか。
真偽のほどはわからないが、新聞広告の週刊誌の見出しで見た覚えがある。
話が半分にしてもすごい。

だからと言って芸能人を非難しているわけではない。
ただ、テレビの画面から流れてきた芸能ニュースの内容に反応して、
夫婦間の本音を喋り合っただけのことであるから、
本来ならば世間には出せない部類の我が家のオフレコ会話なのであり、
思いはそこから別の方向に飛んだ。

警察官や看護師になるのは、ただ仕事の場を得るためではないと思っている。
強い目的意識が働かなければ出来ない職種だと思うから。
子供のころ、警察官に優しくしてもらったとか、
正義感に溢れる活動を見聞して憧れたとかいろいろあると思う。

看護師にしても同様、何かの動機と意思が強く働いて目指すものだと思っている。
その根底には「世の中や人のために尽くしたい」との、
尊い精神が流れているのではないでしょうか。

昨今では、警察官にしても看護師にしても問題を起こす人が出ているが、
それらはごく少数派で、問題を起こした彼らにしても、
当初の気持ちには尊い精神が流れていたと信じている。
それでも警察官や看護師はまだ少しはよい境遇と思ったのは、
最近読んだ新聞記事で介護職の実態を知ったからである。
気の毒だと同情しないではいられなかった。

介護職にしても、前述の職業と同様に尊い精神なしではやっていけない職業である。
特別養護老人ホームに20歳で就職し、
6年間勤務している26歳の男性が働くフロアは、重度の認知症の高齢者が40人。
それを担当する職員は23人で、そのうちの9割が40〜50代の女性である。
若い男性は2人しかいないため、力仕事を頼まれることが多く、
3年前には椎間板ヘルニアを患った。
人手不足で「まるで流れ作業のように介護している」と、
家に帰ってからも落ち込むことがあるというが、
職業意識が強く真面目な人ほど、
現実と自分の理想とする介護とのギャップに悩むのでしょう。

認知症の人の介護は大変で、ひっかかれたり、かみつかれたりするのは日常茶飯事。
殴られて1週間のけがを負った同僚もいるとか。
その激務の報酬は、月5回の宿直手当を含めても手取り17万円。
これだけ身を粉にして働いても給料は生活保護者と同じ額である。
彼は治療の医療費は自払い、税金も払うからなおさら厳しいはず。

息子に影響されて自分もホームヘルパーになった母親は
「とても優しい子。でもこんな安い給料では結婚相手を見つけられるどうか」
と心配しているが、わたしもため息が漏れた。
現在は親と同居しているから生活はやっていけるようだが、
このやさしくて責任感の強い男性の将来が気になって仕方がない。

介護職の離職率は2割と、全労働者平均よりも高いという。
責任や労働の重さに対して賃金が低く抑えられていることなども
原因だと言われているようである。
最近ではフィリピンからのヘルパー受け入れのニュースが流れたが、
安い労働賃金が魅力ということなのか。

日本介護新聞には次のような意見があった。
日本の政府は政策がなさ過ぎる。日本人で介護をやりたいと思っているなら、
まず日本人の介護職の待遇をきちんと上げて、
みんなが生き生きと働けるようにしなければならない。
それで介護職が(日本人で)足りるのか足りないのかを考える。
それでも足りないときはどこかの国に頼まなければならず、
受け入れ側として、送り手となる国や受け入れる人たちのことをもっと知る必要がある。

この分野にかかわらず、日本政府に政策が乏しいのは衆知の事実ですが、
世の中の役に立つような人が生活に苦しむような国は、
いつかしっぺ返しを受けるのではと思っています。



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