第133回  マロンカスタードクリームケーキ

時おり散歩の途中でファミリーレストランへ立ち寄ることがある。
本来なら雰囲気の良いカフェでのんびりしたいところでも、
空腹時にはファミリーレストランが便利である。

その日もお腹が空いていたので、おやつにピザとドリンクを注文した。
それをペロリと平らげ、次はお楽しみのケーキ。

ピンポーンを押すと、若い女性がやってきた。

こちらのメニューのケーキは、
ティラミスとマロンカスタードクリームケーキの2種類しかなかった。
マロンの方にはNEWと赤字で印刷してあったので、赤字のNEWをお願いした。

「ご注文はマロンカスタードクリームケーキですね、かしこまりました」

それから10分以上が経過したが、ケーキはやってこなかった。

(ケーキはお皿に載せるだけのシロモノ。ピザより時間がかかるのはなぜ?)

現場を見たわけではないが、ファミレスのハンバーグや茹でたホウレンソウは
「チン」で解凍するのではなかったの?
ファミレス商品を開発しているテレビのドキュメンタリーの番組では
冷凍モノだった。

わたしは妄想をたくましく働かせた。

マロンカスタードクリームケーキも、もしかしたら冷凍モノ?
「チン」に失敗してクリームが溶け過ぎちゃったのかしら。
チンの加減がわからなくて2度目、3度目とチャレンジしている最中なのかしら?
でも1個のケーキを売るのにそんなに失敗していたら、
このお店もすぐに潰れちゃうわね。

20分近くたったところで、気の長い私もとうとうピンポーンを押した。
ピンクの縞のシャツにブラウンのエプロン姿の、先ほどの店員さんがやってきた。

「あのぉー、お願いしたケーキはまだかしら?」
「あっー! スミマセン、マロンカスタードケーキでしたよね」

「ケーキは、お皿に載せるだけですよね?」
「スミマセーン、すぐにお持ちします。
 ワタシ、風邪を引いていてよく聞こえなかったものですから」
「???」
「スミマセーンでした」
「そうそう、風邪を引いたときは耳がガーンとして聞きにくいですよね」

わたしは咄嗟にフォローをしたが、頭の中は???だった。

よく聞こえなかったはずが、「マロンカスタードクリームケーキでしたよね」と、
はっきり彼女は言った。
もっと理解に苦しむのは「耳がガーンとして聞きにくいですよね」と、
彼女をフォローしていた自分自身である。

彼女は「すぐにお持ちします」の言葉とおりに、
10秒もしないうちに問題のケーキを運んできた。
ケーキはとてもおいしくて満足した。

その後、彼女がケーキを加えた勘定書きを持参したが、そこでつい口が滑った。

「ソチラの方は、ずーっと持ってきてくださらなくてもよかったのよ」
「スミマセーン、アハハ」

わたしが口を滑らしたのは、彼女をちょっとからかってやりたいと思ったから。
彼女の面相は色黒で角ばった感じのちょっとオバサマ顔だったが、
しゃべり方や全体の雰囲気がとても可愛らしい方だったので、
つい親しみを寄せてしまったのだ。

しかし、わたしはからかったつもりでも、
受け取る側はイヤミに取る場合があるかもしれない。
彼女の場合は「スミマセーン」と言いながら思いっきり笑っていたから、
ふたりの心の疎通はうまくいったようである。

それにしても、カラカイとイヤミは紙一重である。

お互いに顔を合わせての場合なら、
そのときの声の調子や表情、雰囲気で相手の気持ちを理解できるが、
メールのようにそれが伝わらないツールでは誤解を生じる場合もあり、
とても怖いと思う。

実際、わたし自身も誤解された経験があるが、
きっとネット社会では珍しいことではないことだろう。
誤解の程度によっては刃傷沙汰になるケースも少なくないから
気をつけなければならない。

しかし、声を使っても誤解を生ずる場合があるから要注意。

わたしの声は電話勧誘魔から
「あっ、お嬢ちゃん。ママいる? ママと替わって」と言われる声質。

そのような声の女が企業に抗議電話をしても迫力不足になるらしい。
世の中を知らない女の子に話しかけるような調子で、軽くあしらわれておしまい。
しかし、同じ内容をメールで送ると、
それこそ懇切丁寧な説明やら言い訳やらに変る。

これ、どういうこと?


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