第126回  ベティちゃんの髪型

久しぶりに美容室へ行った。
わたしが美容室へ行く頻度は、多くて1年に2度かそれ以下である。
目的はオシャレではない。
その証拠に、ハレの日の前に美容室へ行った記憶がない。
ハレの日とは、たとえば結婚式やら授賞式などのことである。

わたしが美容室へ足を運ぶのは、
あくまでもパーマのウエーブが取れてしまったとき、
どうにも髪型が定まらなくなると、ようやくシブシブ出かける。

家の近くに、もう20年来通い続けている美容室があるが、
その理由は家の近くで清潔だから。
パーマの技術も気にしていないから、
ウエーブが出て髪がまとまりやすくなればそれでよいと思っている。

その美容室は指名制になっていた。
銀座のクラブのホステス並みである。
店のスタッフはときどき異動があるで、わたしの担当者も何代か代わった。
お気に入りの美容師が店を変ったりすると、
ヒイキにしていた客もそちらへ鞍替えするとか聞いた事があるが、
銀座のクラブでもそうであるらしい。

わたしは惰性で通っているだけだからまったく気にしない。
もともと指名をするほど髪型に執着はないが、最初の担当者が次回も担当すると、
自動的にそれが指名料して加算されているから納得がいかない部分もある。

指名料を払うくらいなら、「誰でもいい」と言いたいところだが、
美容師を傷つけるのではと変に気を遣って、
結局は指名をしない指名料を払い続けている。

その日のわたしの担当は、銀座の売れっ子並みに指名が重なっているようだった。
「〇〇ちゃん、後をお願いしますね」と、
彼女は20代そこそこのあどけない感じの女の子に髪を巻くのを任せた。

美容師は客と会話をしなければいけないという強迫観念を持っているのか?

美容師と客は例外なくペチャクチャしゃべりどうしで、
その内容も子供の進学からペットのことまでなんでもありのようだ。

「オキャクサマ、髪はずっと長くされているのですか?」

ベティちゃんのようなその見習いはちょっと舌足らずだったが、
電話セールスに「おじょうちゃん、ママと代わって」と言われた経験のある
同類のわたしはそれをとやかく言える立場ではない。

しかし、ベティちゃんにわたしの髪を扱いきれるのだろうか。

わたしは多くの女性が好んで取り入れている、
スソを梳いてパラパラにした髪型は好きではない。
スソのパラパラは、視覚的にちょっと不安定な感じを受ける。
昔は見られなかった髪形だが、女性の乱れた生活態度が当たり前になったのと、
髪形のスソの乱れの時期が合致しているように思えてならない。
それから濡れたような口紅。
流行のその髪型と口紅は、女性を不潔っぽく下品に見せているのではと
偏見を持っている。

そういうわたしはダイアナ・ロスさんの、
雄ライオンのたて髪のようなソバージュに憧れていたが、
ご近所が呆れるか評判になるような髪型である。
幸か不幸か、猫毛でコシのないわたしの髪質ではとても無理な髪型だが、
少しでも近づきたいから、長い髪を細いロットで根気よく巻かなくてはならない。
しかし、美容師さんに悪いと思ったわけではないが、
その髪型はとっくに卒業して、今は仔猫のようにおとなしいものである。

退屈紛れにベティちゃんに問いかけた。

「お仕事、大変でしょう?」
「イイエ、この仕事好きなんです」

「えらいわぁ」
「ハズカシイです」

「なにか理由があったのかしら?」
「オバサンが美容師をやっていました。でも特にあこがれていたわけじゃありません。
 ただ好きだったんです」

「じゃあ、実際にお仕事についてからもそう思った?」
「ハイ、とても楽しいです」

「わぁー、なんてすてき、うらやましいわ」

その間にも、彼女の手は休みなく働いているから、
この仕事が好きな人に髪をいじってもらえるわたしはなんて幸運なんだろう。
立ちっぱなしの仕事は大変だろうと同情まじりの目で見ていた自分が
恥ずかしくなった。

ベティちゃんの髪のスソはきちんと切りそろえてあり、とても清潔に見える。

「あら、お若いのに、スソを梳く流行の髪形はなさらないの?」
「ワタシ、髪を梳くスタイルはあまり好きではありません」

ベティちゃんは舌足らずの言い方だったが、きっぱり言った。
少し会話をすると、その内容からその人の生活態度が窺い知れる。

「あなたはきっと本を読むのが好きな方なのね?」
「ハイ、大好きです。ヒマさえあれば本ばかり読んでいます」

やっぱり。
わたしも家に帰ったら本を読もう・・・


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