第111回  ご都合主義の、男女同権と看板教育

ある日の読売の記事を見て、自分の主張がまちがっていないと再確認した。
記事のタイトルは「女性車両にブーイング」

日本を見習って、台湾が新たに通勤列車に導入した女性専用車両が、
早くも存続の危機を迎えているという内容。
鉄道会社は導入半年後に廃止する方向で検討に入っているという内容だったから、
今はすでに廃止されているかもしれない。

わたしは「女性専用列車」が日本で採用されたとき違和感を覚え、
これは男性差別ではないかとコラムで書いた覚えがある。
わたしはこのような内容で男女差別を唱えたくはないが、
マスメディアの発信する情報の多くが女性側からの視点の記事で占められているから、
これでは不公平なのではと思い、
男性側の視点に立つことも必要だとあえて取り上げたのです。

台湾では働く女性の割合が高く、
台北などの都市部の通勤電車利用客の6割近くが女性で、
痴漢被害もあり「仕事で疲れた女性が車内で安心してくつろげるように」と、
女性政治家たちが後押しをして実現した。

ところが導入後、男性側から「同じ運賃を払う男子の権益侵害」と、
ネットで廃止を呼びかける運動が起きた。
一部の女性団体は「男女同権」の立場から<女性隔離>を非難していると言う。

わたしはここに台湾における、
男性側女性側からの「男女同権」における良識を見る思いがした。
おそらく台湾以外の他の国でも、同様であると思っている。

日本はさまざまな事柄で、
世界の他の国とは違った観点を持つ独特の国家であると思っているが、
それらの多くが自分の視点で思考することを放棄した結果としか思えない。
もしそうでないとしたら、台湾の女性団体のように女性の側からも女性隔離を
非難する見識があって当然だと思っているから。

日本の女性団体は「男女同権」を声高に叫ぶ一方で、
女性専用列車のような事例になると、急に女の立場の弱さを主張する。

これはとても恥ずかしい。

痴漢が多い等の問題については他の解決策があるはず。
女性を優先隔離することは、どのように体裁を繕っても男性排除、
つまりは男性差別に当たる。

これに疑問を覚えないのはおかしい。

特に声高に「男女同権」を叫ぶ元女性議員等が、
これを支持するのは納得がいかないものであり、
台湾の男性のように異議を唱えない男性側もだらしがない。

結局、日本の男女同権は、
自分たちの都合次第でコロコロと主張を変えることになると言えそうだが、
女性側にそれが多く見られる。

これらに限らず、日本におけるさまざまな政策や解決策は、
通り一遍や表面的、その場しのぎの感が多い。
特に道徳マナーにおける分野のそれは、
他の国には知られたくない恥部である。

例として、乗り物で妊婦や高齢者に席を譲るのに優先席を設けているが、
その上にまだ車内放送を垂れ流し、
さらに「席を譲りましょう」の公共広告をテレビで放映している。

このような国が他にあるのだろうか?
日本へ来た外国人の目には、かなり奇異に映っているのではと思っている。

犬の糞害には、すぐに「犬に糞をさせないように」の看板を立てる。
何かが守れないと言っては、次々に啓発ポスターや看板となれば、
日本人の道徳教育は看板や車内放送で行われることになる。

それでも守られていないが、当たり前。

もともと道徳観念が欠如した人に、看板や放送などのインスタントな啓発は、
何の意味も持たないことくらい考えが及ばないのだろうか。

道徳観念は、幼児からきちんと教育やしつけの中でするべきであり、
そうしてはじめて効果が現れるものである。
それをきちんと実施していれば、優先席も看板も放送も無駄な経費も不要になる。

しかし、人は言う。

「守らないからテレビキャンペーンで呼びかける。車内放送する。
 看板をたてるしかない」

それで納得してしまうのが日本の国民性であるようだ。

新しい不道徳行為が起きるたびに、新たな看板を立てる。
しかし守られないからまた看板を立てる。

無意味な看板やタレ幕が国中に林立し、不毛を繰り返しているが、
これに多くの税金が使われているはず。
この無駄をおかしいと思う人はいないの?

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