第108回  悩みですの

新聞記事を読み「ついに来たか!」と思った。
中央教育審議会の外国語専門部会が
小学5年生から英語の必修化を提言した内容を読んだときだった。

「小学校英語」はすでに公立小で93%を越え、
6年生の平均時間は年およそ14時間だが、
10年前から英語に取り組む大阪府の市立天野小は年70時間をかけている。
文科省幹部は
「学校によって濃淡がある。必修化はこうした格差を埋める狙いもある」と説明した。

「小学校では国語力を身につけさせる方が重要」といった否定論も根強いが、
英語に対する保護者の関心は非常に高く、幼児期から学ばせる傾向も強まり、
それは増加しているようだ。

財界も熱い視線を送り99年6月、
「小学校から英会話教育を導入すべきだ」とする提言を発表。
必修化の動きにも「会話力をアップさせるためにも、早期実施は必要」
と歓迎の意向を示していた。

一方「国家の品格」や「祖国とは国語」などの著書がある、
お茶の水女子大の藤原正彦教授は、
「小学校時代に一番大切なのは、国語と算数」と真っ向から否定。
「まずは自国の文化や伝統をしっかり身につけることが大事。
 英語を話せば国際人になれるというわけではなく、問われるのは話す内容だ」
と指摘している。

つまり、小学5年生からの英語の必修化には、保護者や財界は積極的、
専門家は否定的という結論になるが、
日本語がきちんと身に付かないうちからの英語の必修は、
日本語文化の崩壊にも繋がりかねない。

一方、世界の潮流は小学生からの英語必修化が進んでいるようである。

韓国は1997年から、中国も2001年以降、都市部から段階的に導入。
フランスやドイツも同様で、小学校英語はすでに他の国では定着している。
このままの状況では、日本は世界の舞台から取り残される運命を辿ることになる。

しかし導入するにしても、課題が山積しているようである。
授業時間と人材の確保である。
現在、小学校英語は学級担任が指導しているケースが約9割の現状だというが、
教育に優秀な人材の確保は特に必定である。

中学、高校、大学と英語を習っても一向に使いこなせないのが、
これまでの日本の英語教育の実態である。
優秀な教師とそれに見合ったカリキュラムの確保ができなければ、
習得の時期を小学生に下げてもいたずらに習得期間を延長するだけの
結果に終わる可能性も否めない。

日本語をきちんと身につけさせたいし、
そのために国際舞台で後れを取ることも許されない、
実に頭の痛い問題です。

以前、足を骨折した時、
レントゲンを撮るために病院の廊下の長椅子で順番を待っていた。
そこへ20代後半から30代前半のママと、5歳くらいの女の子がやってきた。
ママは目鼻立ちの整った美人で、女の子も愛らしい感じである。
女の子は小さな右腕のひじに包帯を巻いていたが、
母子はわたしの隣へ腰を下ろし、会話を始めた。

ママ
「ソフトの反対は何?」
おじょうちゃん
「ハード!」
わたし
(えっー!)

ママとおじょうちゃんは、英語のプリント用紙を広げて覗き込んでいたのだ。

「ブラックは?」
「オワイト」
(ネイティブの発音だぁ!)
 
ママとおじょうちゃんは英語のお勉強で、
反対の意味の単語を選んで番号を記入しているようである。

ママ
「ディストロイってなんだっけ?」
おじょうちゃん
「うーん・・・」
わたし
(あっ、それならわかる。破壊かな?「創造と破壊」っていうから、
 反対語はクリエイティブだよ、きっと)

ママ
「わかんないから、つぎ! トップの反対は?」
おじょうちゃん
「アンダー?」

ママ
「アンダーねぇ、違うかもよ」
わたし
(トップは「上とか先頭?」だから、反対は「下かビリ?」
 答えはやっぱりアンダーか? わかんなぁーい!)

そこでわたしの好奇心がシビレを切らした。

「お勉強中にごめんなさい。すごいですね、このお年から英語のお勉強なんて」
「いえ、アチラに住んでいたものですから」
「アチラ?」
「アメリカです。せっかく覚えたから忘れないように勉強をさせているんです」
「小さいうちから英語を覚えられるなんて、とてもうらやましいですわ」
「でも日本語もちゃんと教えなくてはならないし、悩みですの」

(やっぱり・・・)

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