第107回  オシッコの爆音で知る文化の違い

以前、オーストラリアのケアンズからバスで20分ほどの、
小さな町のホテルに35日ほど滞在したことがある。

目的は「英語のお勉強」

ホテルに滞在してプールサイドの部屋で、
妻は午前中、夫は午後に分かれ、同じ先生から個人レッスンを受けた。

日ごろは典型的な夜型をしていたのにいきなり早起きを強いられ、
朝の8時台からのお勉強である。
数日間は環境の変化に慣れなくて疲労困憊だったが、
五階建ての小さな旧いホテルは家族的な雰囲気があり、
とても居心地が良くてあっという間の4週間であった。

その後の1週間は夫の趣味であるドライブのお供をしたが、
お勉強の効果のほどは最初からまったく期待していなかった。
夫婦は揃ってナマケモノで勉強が嫌いであり、
滞在型の旅を楽しむための方便に過ぎなかったからである。

妻は出発前に勉強を渋る夫のために、
若くて美人のセンセイをリクエストしたが、
本当に目の醒めるような美人が目の前に現れた。
昔ならばオシトヤカでは世界チャンピオンだった日本女性よりも、
イギリス人の彼女はさらにオシトヤカで、そのうえとても優しい方だった。
30代の独身で大学で教えたり本を出版されたりする、
夢見るような詩人でもあった。

わたしととても気が合ったせいかセンセイと生徒の関係というより、
女同士のおしゃべりに明け暮れた感があり、
滞在中に10個のカリキュラムをこなす予定が、
終了したのはたったの2個だけであった。

あらためて女のおしゃべりの度合いに呆れてしまったが、
わたしの英語力は単語をつなげた程度の語学力であり、
よくぞこんなに会話が成り立ったものだと感心した。

コミュニケーションの手段はほとんどが、
波長やら感覚やらの精神的なものであり、
本来の語学力とは別のものに助けられていた感がある。

それでも授業である。
西洋文化と日本文化の比較に多くの時間が費やされたが、
しかしその内容は好奇心に満ちた雑談であり、
しかも柔らかいものばかりのようだった気がする。

休憩時間に超美人のセンセイとトイレへご一緒したが、
そのときお隣のブースから聞こえてきたのは、
耳を疑うような信じがたいオシッコの爆音である。

そこで休憩後の話題は、さっそくおトイレについての考察から始まった。

わたしが先に意見を述べた。
「日本の女性はトイレでオシッコの音をだすのは恥ずかしいので、
水を流しながら用を足して水音で消しますが、
その水の経費を節減するために企業やホテルなどでは
小川のせせらぎの音やメロディなどを代わりに流すこともあります」

するとセンセイは「わざわざ小川の音を流すの? おもしろいわぁ」と、
体をのけぞらせて笑い転げ涙を流さんばかりだったので、
わたしの方が驚いてしまった。

しかし、センセイです。
わたしの説明の言い回しの間違いを、ちゃんと直してくださった。

今度は先生が説明する番である。

映画館で女性用のトイレの前に長い列が出来ていたとき、
ブースは端のひとつだけ扉が開いていた。
残りのすべての扉はずらりと閉まっていたが、
ドアの取っ手の表示はいずれも<vacancy(空)>

センセイは解説してくださった。
西洋文化では<空>と表示されていても扉が閉まった状態では、
そのまま待っているのがマナーだそうである。
そのとき、ひとつだけ扉が開いていたブースに入った女性が、
数秒後には爆音を轟かせた。
それを聴くや女性たちは我慢ができなくなり、
一斉に<空>と表示された扉に突進したそうである。

この場面での爆音は実に有効に働いたようだけれど、
今度はわたしが声を上げて笑う番だった。

西洋文化では健康のために体から出す音には寛容とのことであるが、
センセイの美しいお顔に爆音が重なると、
やはりわたしは強烈なカルチャーショックを受けた。

浅丘ルリ子さんと結婚なさった石坂浩二さんが
「すごい音でオシッコをするので驚いた」と、どこかで語っていらしたが、
当のルリ子さんは「出るものだから仕方がないでしょ」と、
あの美しいお顔でツルリと言われたとか。

ご先祖様は西洋人だったのかしら。

HOME  TOP  NEXT