ハウスキーピング・オペレーション


第7話 新人メイドさん、いらっしゃい

「で、その男とはどこまで行ったの?」
「どこにも行きません」
「なになに〜? 秘密にするつもりなの?」
「秘密も何もありません」
 わたしたちハウスメイド・チームとキッチンメイド・チームは、マレーネさんに呼び出されて広間に集合していました。
 マレーネさんがなかなか現れないので、ミズキちゃんとキディちゃんは、わたしがパーティーに行ったときの話を聞き出そうと代わる代わる聞いてきます。ルシーダ様は本当に屋敷中の人に話してしまったみたいです。しかも、中途半端におもしろおかしく。
「えるくさんよりかっこいいひとだったんですかぁ?」
 洗いたてのシーツみたいに真っ白だったクララちゃんまでルシーダ様の色に染まっています。あの純真無垢なクララちゃんはどこに行ってしまったんでしょう。わたしは哀しいです。
「エルクさんの方がカッコイイに決まってるよ」
「そうよ。エルクの方がカッコイイわよ」
 クララちゃんに答えたのはアリサちゃんとコリーナちゃんです。二人ともルークさんを見たことがないのに勝手なことを言っています。エルクさんの方がハンサムさんなのは本当ですけれど。
「静かに。マレーネさんが来ましたよ」
 扉の近くで聞き耳を立てていたエマイユちゃんが言いました。
 みんな一斉におしゃべりをやめて一列に並びます。マレーネさんは怒ると怖いんです。めったに怒らないから余計に怖いんです。
「皆さん、揃っていますね?」
 マレーネさんがやってきました。
 一人の女の子を連れて。

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「今日からこちらで働いていただくことになったサミィさんです」
「サミィよ。よろしく」
 新人メイドのサミィちゃんは、ぶっきらぼうな口調で簡単に挨拶しました。
 わたしたちと同じメイド服。赤みがかった髪で、肌は小麦色。背はわたしより少し小さくてアリサちゃんと同じくらい。
 かっちりした感じの眼鏡を掛けています。似合いません。でも可愛いです。眼鏡のレンズ越しに見える目は鋭いです。
 そして、サミィちゃんには何より大切なチャームポイントがあります。
 ネコ耳です。
 サミィちゃんの頭の上には猫みたいな耳が付いているんです。おまけにシッポも付いています。
 眼鏡でネコ耳なメイドさんのシッポ付きなんです。
 とっても可愛いくて一家に一人置いておきたいくらいです。わたしの実家にもこんなメイドさんがほしかったです。
「端から順に、ハウスメイドのミズキさん、メリッサさん、クララさん、アリサさん。キッチンメイドのコリーナさん、キディさん、エマイユさんです」
 わたしがそんなことを考えている間にマレーネさんはわたしたちの紹介を済ませます。
「配属はハウスメイドでしょうか? キッチンメイドでしょうか?」
 エマイユちゃんが手を挙げて質問しました。
「それはまだ決まっていません。今日はハウスメイド、明日はキッチンメイドの仕事を見ていただいて、その後に判断します。場合によっては、私の手伝いをしていただくことになるかも知れません」
 マレーネさんはそう答えて、サミィちゃんを振り返ります。
「よろしいですか、サミィさん?」
「ええ。それでいいわ」
「では、今日のところは誰かに付いていただいて、屋敷とメイドの仕事に慣れて下さい。誰に教えていただきましょうか」
 マレーネさんは、今度はわたしたちを見回しました。
「はい。わたしが教えたいです」
 わたしは迷わず手を挙げました。
 可愛い新人メイドさんとお友達になるチャンスです。


 わたしはサミィちゃんを連れてお屋敷の案内を始めました。
 クララちゃんも一緒です。こういうのを両手に花って言うんです。
 でも、花を見ているだけで満足しちゃいけません。わたしには気になってしょうがないことがあります。
「サミィちゃん」
「『ちゃん』付けはやめて。もうそんな歳じゃないわ」
 わたしが声をかけたらぴしゃりと言われてしまいました。ちょっと悲しいです。
「歳なんて関係ありません。可愛い女の子は誰でも『ちゃん』です。大きくなっても女の子は可愛いから『ちゃん』のままなんです。マレーネさんみたいに女の子じゃなくなったら『さん』になりますけど、サミィちゃんはまだまだ女の子で通るから『ちゃん』で大丈夫ですよ。だからサミィちゃんも『サミィちゃん』です。わたしがもう決めちゃいました。決めちゃったからもう決まりなんです」
「さみぃちゃんですぅ」
 クララちゃんも言っています。二対一で『ちゃん』の勝ちです。
「じゃあ、いいわよ。『ちゃん』で」
 サミィちゃんは面倒くさそうに自分の負けを認めました。これでもう誰が何を言っても『サミィちゃん』です。
「それじゃ改めて、サミィちゃん」
「何?」
「それ、飾りなんですか?」
 わたしはサミィちゃんのネコ耳とシッポを指しました。気になっていたのはネコ耳のことです。クララちゃんはシッポの方が気になるみたいですけど。
「これ? 本物よ。あたし、半獣人なのよ。先祖に獣人族がいるみたいで」
 そう言ってサミィちゃんは耳をぴくぴく、シッポをぷらぷらさせました。
 ものすっごく可愛いです。わたしもネコ耳が欲しくなっちゃいました。
 クララちゃんはシッポに触りたくて手を伸ばそうとして、失礼だから手を引っ込めて、やっぱり触りたくて手を伸ばして、その手を止めて我慢しています。
「触りたかったら触ってもいいわよ。でも、強く握ったり引っ張るのは、痛いからやめて」
「はいぃ」
 クララちゃんはお言葉に甘えてシッポに飛びつきました。
「あ、あのっ」
「何?」
「わたしはネコ耳に触りたいです」
「……一回だけよ」
「はいっ」
 わたしはサミィちゃんのネコ耳に飛びつきました。
「気が済んだら屋敷を案内してもらえる?」
 わたしとクララちゃんは、それから三十分くらい、サミィちゃんの耳とシッポにずーっと触っていました。


 お屋敷案内を再開しました。お屋敷と言ってもそんなに広くありませんよ。
 まず玄関ホールがあって、大広間があって、応接室が二つあって、客間が三つあって、トイレが四つあります。
 食堂、キッチン、バスルームは一つずつ。ルシーダ様のお部屋、エミーナ様のお部屋。亡くなられたご主人様のお部屋。マレーネさんやわたしたち使用人の部屋。
 本棚が迷路のような図書室。絵画や彫像が飾られている画廊。女神像が見守っている礼拝室。
 外に出て、噴水のある中庭、マーリスさんがお世話しているバラ園、ミルコフさんがいる馬小屋。エミーナ様の研究室は爆発しちゃったので、今はありません。
「ところで、メリッサ」
 一通り案内したところでサミィちゃんに話しかけられました。
「なんですか?」
「あなたも貴族なんでしょう? ここと同じくらいの」
「はい。そうですよ」
「それならどうしてメイドなんてやっているの? あなたが働かなくてもいいんでしょう」
「最初は礼儀作法のお勉強でここに来たんです。でも、メイドのお仕事が楽しくて、それでずっとここで働かせていただいてるんです」
「……変わってるわね」
「そうですか? クララちゃんも同じですよ」
「おんなじですぅ」
 クララちゃんの名前は、クララベル・M・ダンデライオンといいます。
 でも、ダンデライオン家は、今はもうクララちゃん一人しかいません。流行り病でみんな亡くなってしまったんです。
 そして、たった一人残された幼いクララちゃんは、大人になるまでエスティマ家で預かることになりました。
 預かっていると言っても、クララちゃんはダンデライオン家の正統な当主様です。財産の相続権も有ります。クララちゃんはエスティマ家のお客様なんです。
 それなのに、クララちゃんはお屋敷で働いているメイドさんを見ているうちに自分も働きたいと言い出して、今では一緒に仕事をしています。わたしよりお洗濯が上手になるくらいに。
「おしごとはたのしいですぅ」
「楽しい仕事なんて仕事じゃないわよ」
 サミィちゃんは呆れて溜息をつきました。
「まったく、金持ちなんて変わり者ばかりね」
「そんなことないですよ。ルシーダ様とエミーナ様は――」
 わたしはそこまで口に出してから、もう一度考えました。
 面白いことが好きで、毎日のようにパーティーへ出かけるルシーダ様。
 お風呂にも入らず、真夜中に錬金術の研究をしているエミーナ様。
「やっぱり変わり者ですね」
 ルシーダ様、エミーナ様、ごめんなさい。


 夜になって、わたしとクララちゃんは部屋に戻りました。
 サミィちゃんはわたしたちと別のお部屋です。一緒におしゃべりしたかったのに残念です。
 だから、今日はいつもの四人でパジャマ・パーティーです。
 話題はもちろんサミィちゃんのことです。
「あのネコ耳とシッポ、本物だったんだ」
 と言ったのは、白いシャツとショートパンツのアリサちゃんです。ベッドの上で組んだ足が健康的です。
「はい。そうですよ。触らせてもらっちゃいました」
 わたしはピンクのパジャマです。黄色いお花のワンポイントが可愛いんです。
「ふわふわしていましたぁ」
 クララちゃんはフリルがいっぱいのパジャマです。フリフリでお人形さんみたいです。
「良く触らせてもらえたわね。無愛想な感じだったのに」
 ミズキちゃんのレースのネグリジェはスケスケで危険です。というか、見えちゃっています。何が見えるのかは秘密です。
「そういうの嫌がると思ったわ」
「きっと恥ずかしがり屋さんなんですよ」
「それじゃ、アタシも触らせてもらおうかな」
「わたしもまたさわりたいですぅ」
 今日もいっぱいお話したら、おやすみなさいです。


 でも、おやすみなさいの前にトイレです。クララちゃんがおねしょしちゃったら大変です。
「それじゃ、眠る前にトイレに行きましょう、クララちゃん」
「さっきいってきたからだいじょうぶですぅ」
 困りました。絶体絶命の大ピンチです。
 これではわたしが一人でトイレに行かないといけません。
 このお屋敷はそんなに広くありませんけど、夜に一人で歩いているときは、まるで迷路の中にたった一人で放り込まれたみたいに心細いんです。
 だからってトイレを我慢したらもっとピンチです。もし、仮に、万が一にも、わたしがおねしょしちゃったら、恥ずかしくて天国のご主人様に顔向けできません。
 こうなったら一人で行くしかありません。
 アリサちゃんとミズキちゃんもトイレを済ませています。
 もう一人で行くしかないんです。
 お化けが怖くてもトイレには一人で行くんです!


 やっぱり怖いです。
 前言撤回します。お屋敷は広いです。一番近いトイレまで廊下を三回も曲がらないといけません。
 いつもはクララちゃんと一緒だから怖くありませんけど、クララちゃんは、もう一人でトイレに行けないような子供じゃないんです。わたしも一人で行けるようにならないといけません。
 だから、わたしは廊下を忍び足で歩いています。
 足音を立てなければお化けに気付かれずにトイレに行けるんです。きっと。
 もしお化けが出てきても、こっちが先に気が付けば隠れてやり過ごすことができるんです。たぶん。
 ほら、廊下の角からお化けが顔を出しても、わたしはすぐに柱の陰に隠れて無事でした。
 ……。
 違います。あれはお化けじゃなくてサミィちゃんです。
 まだメイド服のままのサミィちゃんは廊下の曲がり角で首をきょろきょろ動かしています。眼鏡は掛けていません。
 サミィちゃんもトイレでしょうか?
 もし道に迷っているのなら教えてあげましょう。サミィちゃんと一緒に行けばわたしも怖くありません。
「サ――」
 わたしが声をかけようとしたその前に、サミィちゃんは走り出してしまいました。
 わたしは慌てて追いかけます。迷子になったら大変です。
 でも、サミィちゃんは足が速いです。しかも、そんなに急いでいるのに足音がしません。
 見失わないようにするだけで精一杯です。


 サミィちゃんを追いかけていたら、とうとうお屋敷の外まで来てしまいました。
 こっちにトイレはありません。サミィちゃんはどこに行くつもりでしょうか?
 わたしが考えているとサミィちゃんが急に立ち止まりました。わたしは見付からないように茂みの陰に隠れます。
 ……どうしてわたしが隠れないといけないんでしょうか?
 思わず隠れてしまいましたけれど、別に隠れなくてもいいですよね。
 わたしは考え直して、もう一度サミィちゃんに話しかけようとしました。
 でも、やっぱり隠れました。
 だって、サミィちゃんの前に別の人影が出てきたんです。
 今度こそお化けでしょうか?
 いいえ、足があるからお化けじゃありません。
 暗くて顔は見えませんけど、背の高い男の人みたいです。
 サミィちゃんと男の人は何か話しています。でも、遠くだから話の内容は聞き取れません。
 何を話しているんでしょうか?


「そっちは何か判ったか?」
「まだよ。潜入したばかりで下手に調べ物なんてできないわ」
「そりゃそうだ」
「それより、ウィッツ。そっちの首尾はどうなの?」
「ああ。去年までここの主治医だった男だな。今は他の街にいるらしくてな。ルークとファリアが確認に行った。明日には戻る」
「それで一人なのね。サボってるのかと思ったわ。あの色ボケ男と悪趣味女」
「こっちも真面目に働いているさ。文句言うなよ」
「メイドなんて柄にもないことをさせられているのよ。文句の一つも言いたくなるわ」
「そうか? ルークもファリアも似合っているって言っていただろう、そのメイド服」
「馬鹿なこと言わないでよ。じゃ、帰るわね」


 しばらくして、サミィちゃんがお話をやめて戻ってきました。
 あっ。大変です。ここにいたらサミィちゃんに見付かってしまいます。
 どうしましょう? 息を止めていれば気付かれないでしょうか? 今のサミィちゃんは眼鏡を外していますから、もしかするとわたしに気が付かないかも……。
「メリッサ!?」
 駄目でした。やっぱり見付かってしまいました。
「あなた、いつから見ていたの?」
「えーと……最初から」
 わたしが答えるとサミィちゃんは溜息をつきます。
「しょうがないわね。このことは……」
「分かっています。秘密ですよね」
「そう、秘密よ。物分かりがいいわね」
「はい。だって、わたし、サミィちゃんの恋を応援していますから」
「恋……? 誰が? 誰に?」
「サミィちゃんに決まっているじゃないですか。さっきの男の人が好きなんですよね?」
 夜中にお屋敷を抜け出して男の人と会っているなんて大胆ですよね。
 そこまでして会いたい人だったら、もう恋しかありません。決まっています。恋なんです。
「違うわよ。そんなのじゃないわ」
「大丈夫です。いい雰囲気でしたよ」
「だから、違うって言っているでしょう。あなた、何を見ていたのよ?」
 話は良く聞こえませんでしたけれど、見ていたのは最初からです。
 だから分かります。サミィちゃんはさっきの男の人が好きなんです。そうに違いありません。
「いいんですよ、隠さなくても。わたしはサミィちゃんの味方ですからね」
「……もういいわ」
 サミィちゃんは疲れたような顔でお屋敷に戻っていきました。
 好きな人とお話していると緊張しちゃうんですよね。
 やっぱりサミィちゃんは可愛いです。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「どうしてあたしがあなたのトイレに付き合わないといけないのよ」
「だって一人だと怖いじゃないですか」
 わたしはサミィちゃんを引き止めて一緒にトイレに行きました。
 これでお化けが出てきても安心です。
 ところが、わたしがトイレを済ませて外に出てみると、待っているはずのサミィちゃんがいません。先に帰ってしまったんです。
 寂しいです。心細いです。
 だから、わたしはまた忍び足で廊下を歩いていました。
 抜き足差し足忍び足です。
 お化けが出てきても声を出しちゃいけません。
 ほら、窓の外に二つの人影が見えても悲鳴を上げなければ追いかけてこないんです。
 男の人たちの話し声がしても聞いちゃいけません。
「新しくメイドが来たそうだが、計画に変更はないのか?」
「小娘が一人増えたくらいで支障はないでしょう。それよりも、そちらの人数は集まりましたか?」
「ああ。できるだけ頭の悪そうな奴らを集めた」
「その者たちには、強盗を行うとしか話していませんね?」
「安心しろ。本当の計画を知っているのはおれとお前の二人だけだ」
「集めた者たちに計画を勘付かれる心配は?」
「『頭の悪そうな奴らを集めた』と言っただろう」
「そうでしたね。では、明日の夜、裏門の錠を外してお待ちしていますよ」
「ああ。分かった。……それにしても、お前ほど悪い奴は見たことがないな」
「それほどでもありませんよ」
「言ってくれる。強盗の仕業に見せかけて、あの二人、ルシーダとエミーナを殺すなんて計画を立てておいて」
 …………。
 とんでもないことを聞いてしまいました。
 これは……これは大事件です!


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