小ばなしのたまて箱〜その2

Section2・・・人にやさしく

 そんな歌あったよね。誰の歌だったっけ?……まあいいや。てなわけで次は”一日で天国と地獄の間を往復した”お話です。

 あれは忘れもしない平成13年8月19日、その日あたしは札幌競馬場にいた。なんでそんな所にいたのかと言えばもちろん競馬観戦のためなのだが、この日の競馬は 他の日とはちょっと違った。この日は”札幌記念”という大きなレースがあったため、会場の入場者数は2万人あまりの大入りだったのだ。当然ながら会場は満員御礼の 札止め。どこを見ても人の頭しか見えないくらい大混雑していた。
 で、そんなイモ洗い状態の中にあたしもいたわけなんだけど、実はこの日の午前中は免許の書き換えに行っていて、その帰り道に競馬場に寄ったんですよね。
 で、先に来ていた友人先輩数人と合流し、早速準メインの馬券をささやかに300円買ってハズれ、
「まあいいや、次いこ次。次のレースが本番ね。」
などと負け惜しみちっくな軽口をたたきながらマークカードを塗って再び窓口へ行った。そして窓のおばちゃんに、
「1000円です。」
と言われたのでバッグを開けると−

財布がない!

 何で?どうして?頭の中が真っ白になり、すうーっと意識が遠のくのが自分でもはっきりわかった。
 もしかしてスられた?いや、そんなはずはない。今日のバッグはファスナーつきで、物を取り出す時以外はいつも口をきちんと閉めて歩いてたもん。よーく思い出すんだ。 ほれ。さっきあの時馬券買いに窓口に行ったら「300円です。」と言われたからバッグから小銭入れと札入れの2つを取り出して5000円札で支払って、で、おつりは まずお札から先に返されたから札入れにしまって横によけといて、次いで小銭の700円が返ってきたのでそれをやはり小銭入れに入れてバッグにしまって−

 そこまで考えた時、あたしはぎくりと硬直し、息をのんだ。そしてどくんどくんと心拍数があがるのを感じた。それだ。その時札入れをバッグに戻すのを忘れたんだ。 間違いない。
 それで弾かれたようにその場からダッシュし、さっき馬券を買ったくだんの窓口に戻ってあたりを見回してみたけれど、当然のことながら財布はあるはずもなかった。
 あたしは放心状態でよろよろと窓口から離れると、その場に立ちつくしてしまった。
 どうしよう、どうしよう、どうしよう。こんな所で財布なんか落としてあたしったら。

−どうしよう

 立ちながら膝がカクカクふるえだすあたし。頭上ではなんか実況が
”勝ったのはエアエミネム!”
なんて絶叫してたけど、そんなことはこの時のあたしにとってはどうでもいいことであった。
「大丈夫?」
 あたしがあまりに白い顔をして泣きそうな表情をしていた(友人談)ので、周囲が心配そうに声をかける。
「うん……」
ほんとは全然大丈夫じゃないのだが、いちおう返事をする。
「取りあえず落とし物センターに行ってみようか。」
「うん……」
うつむき加減のまま力なくうなずくあたし。
 ああああよりによってこんなところで財布なんぞ落としてしまって、絶対見つかりっこねぇぇぇえと絶望に打ちひしがれながらも、それでもダメモトでみんなに付き添って もらって落とし物センターに行き、聞いてみたら−

なんと、届いていました。
「えー!?うそー!」
思わず顔を見合わせるあたし達。そして、免許証を見せて所定の用紙に住所名前印鑑を押し、財布を受け取って中味をチェックしてみると−

中の現金もキャッシュカードもクレジットカードも全部無事でした。

 この時のあたしの気持ちといったら、言葉ではとても言い表せるものではありませんでした。
 こんな欲望渦巻く鉄火場で財布なんざ落としたら出て来なくて当たり前、もし出て来たとしても現金を抜かれてることくらいは覚悟しなきゃなと思っていたところ、 親切な人に拾われて全くの無傷で戻って来てくれたこの時、あたしは
”人にはなるべくやさしくしよう。”
心底そう思いました。
 まあー、あたしみたいな仕事をしてると
”黙れこのクソじじい!(クソばばあでも可)”
と言いたくなる時もあるし、そりの合わない上司にみんなの見てる前で
「おまえなんかセールスの数字はあげられねえし、それを補えるだけの長所も何もねえだろ!」
とどなられて、
”この上司、いつか絶対ブッ殺す”
と暗い
「ふくしうの炎」
を胸の内にめらめらたぎらせたりとバトルな日々で、やさしくい続けることは現実問題なかなかむずかしいけれど、それでも100人に1人くらいはこういう親切な人も いるんだと、この日のこのことを心の支えにしてあたしは生きていきたいと思います。

 それにしても落とし物センターに財布を取りに行った時はおもしろかったなー。窓のお姉さんは
「身分証明書とご印鑑をお願いします。」
と言ったけど、その口調には
”どうせ持ってないんでしょ”
というニュアンスがありありと感じられたもんね。それをあたしは
「はい。」
と両方ともきちんと出したんだからさ。まあ、身分証は別にそれ持って競馬場に行くのは変ではないはずだけど、印鑑はなあ。しかもあたしがこの時持ってた印鑑てば オーダーで作らせた下の名前(しかも漢字)のはんこだったんだもの。お姉さんも
”えぇえ?”
って感じで目を白黒させてました。そりゃあ、普通印鑑持って競馬場来る人はいないわな。それもこれも免許の更新帰りに競馬場寄ったからだわね。

          ※          ※          ※

 というわけで今回で読み物も6回目で全12回のうちのようやく半分。そんな折り返し地点を飾る話として、今回の題材はいかがでしたでしょうか?

 と、ここまで書いたけど、やっぱし長くなっちゃったわねえ。とてもコンパクトにはおさまらなかったわ。

どこが小粒やねん。