小ばなしのたまて箱

 今回は、読み物にするほど超大作にはならないけど、埋もれさせるには惜しいといった「小粒でもぴりりと辛い」お話たちのオムニバスです。
というわけで早速第一話。

Section1・・・価値観?

 水たまりをピョンと飛び越えようとしたら着地点に小石があり、それを踏んづけて転倒するというくだらなさ全開の理由で左足の甲の骨にヒビを入れたのが卒業間近の 4回生の2月。当然あたしは弘前を離れるぎりぎりまで病院に通い続けるハメになりました。
 で、病院への行き来にはバンドサークルのメンバーで当時一緒にバンドをやってたギターの先輩や、ドラムのカトー君にお願いして車で連れて行ってもらうことが多かったんだけど、 この日はあいにくと2人とも都合が悪かったため、同期のナギサ君(男)の車で連れて行ってもらうことになりました。ちなみにその日は2週間に1度のギプス交換の日 であった。
 で、病院の駐車場に車を入れ、ナギサ君とあたしは、
「時間(じかん、ではなくてじがん、と読むこと。ナギサ君はかなり津軽なまりがきつい)どれくらいかがる?」
「んー・・・ギプスを替えるからちょっと長くなると思うんだよね。」
「わがった。じゃあわーはコンビニで買い物さしで時間つぶしてくるはんで、ゆっくり交換してきてください。」
 というわけであたしは松葉杖をつきながらひょこひょこと歩いて病院に入り、ナギサ君は病院とその隣の家の間の狭い路地を抜けて、裏手のコンビニへと 向かったのであった。

 そして、しばらく待たされたあと名前が呼ばれ、診察室へ入る。で、現在の骨のくっつき具合や最近の過ごし方などを聞かれた後、30畳くらいの広さがあるリハビリ室 みたいなところに連れて行かれ、そこでギプス交換をすることになったのであった。
 で、看護婦さんは、ハンディ掃除機みたいな機械の先端に直径3センチくらいの円形ノコギリがついた言わば”チェーンソー”ともいえる恐ろしげな機械をあたしに見せると、
「これでまずギプスを切断しますからね〜。見た目はおっかないけど切れるのはギプスだけで足を覆っている包帯は切れないから大丈夫よ〜。」
と言うが早いかスイッチを入れ、ぷい〜んと音もやはりハンディ掃除機そのものな”それ”をあたしの足に近づけた。
”ひええええ、こわいよー”
だが、あたし内心のそんなおののきを知ってか知らずか、看護婦さんはおかまいなしにギプスに刃を入れる。
ぎぎぎぎぎぎ、ぎぎぎぎぎぎ。
鈍い音とともにギプスが少しずつ切れ目を広げ、足を覆っている包帯が見え始めた。うーん、こんな恐ろしげな機械で足を 切られててあたしは大丈夫なんだろうか?いや、もちろん9割9分はおそらく何もないはずだけどさ。
 と思ったその時。
「ねーみんなちょっと聞いてよ。今お弁当買いにコンビニ行ったら歯磨きながら歩いてる人とすれ違ってさー。」
すっとんきょうな声を上げて若い看護婦さんがリハビリ室に入ってきた。それを聞いてその場にいた他の看護婦さんたちも大爆笑。
「うそー、そんな人いるのー?」
「え〜?」
当然あたしのギプスを”電ノコ”で切ってた看護婦さんも肩を揺らして大笑い。そのとたん手元がずれて、電ノコの刃があたしの足を直撃した。
”う゛あっっ!”
 思わず体を硬直させるあたし。しかし、看護婦さんの言ったとおり電ノコの刃はあたしの足を傷つけることなく、包帯の繊維すら切れずに頼りなくカラカラと 回っているだけだった。
「あ、ごめんなさい。」
 その瞬間電ノコのスイッチをを止めて、申し訳なさそうにあたしに謝る看護婦さん。いやーもうまったくコワかったよ。でもほんと、看護婦さんが言ったとおり ギプスは切れても包帯は切れないようにそれなり安全には作られてるんだね。さすが医療用電ノコ。よくできてる。
そして、そう思ったその時ふっと肩の力が抜け
”外を歩きながら歯を磨いてるヤツがいただぁ?誰よそんなことするバカは。”
 ふと笑みがこぼれる余裕も生まれたのであった。

 というわけで2週間ぶりに左足の皮膚を外気にさらしたあたしはバケツにくんだお湯で”足裏マッサージ”よろしく足を洗われ、こびり付いた垢を落としたあと再び ギプスを巻かれた。そして、
「今後も週に2回は様子を見せにいらしてくださいね。」
と言われ、松葉杖をつきつき病院を後にしたのだった。
 で、すでに車の中で待っていたナギサ君の姿を見つけると手を振り、車のドアを開けて、
「お待たせ〜。」
と乗り込むと−
車の中が歯磨き粉くさかった。
 もしやと軽いめまいを覚えながらもそれでもかろうじて冷静さを取り戻し、おそるおそるナギサ君に聞いてみた。
「・・・・ねえ、ナギサ君さあ、もしかして歯磨いた?」
「ああ、みがいたよ。」
「それって・・・・・車の中で?」
「いや、外歩きながら。」

暗転(ダークアウト)−

「なっっ・・・何でそんな恥さらしなことすんのよ!病院の中じゃみんな大爆笑だったのよー!」
「だって、車の中で歯磨くの恥ずかしいっきゃ。」
「外歩きながら歯磨くほうが恥ずかしいじゃん!どう考えたって!」
「いや〜だって、けさ寝坊して歯磨(みが)いでくるの忘れたっきゃ、今時間あるしちょうどいいやとが思って−」
 だったらせめてコンビニのトイレの洗面台で磨くとか歯みがきガムを噛むとかさぁ・・・・・ああもういいやっ!この話でいくらナギサ君と議論しても噛みあわないや。 だって、何をもって恥ずかしいとするかっていう線引きがナギサ君とあたしでまるで違うんだもの。
 そんなわけで、病院を出てからあたしの家に着くまでの間、車の中でのナギサ君とあたしの会話はもっぱらそれを巡るこぜり合いで占められたのであった。まあ今と なってはひたすら笑い話だが。

 それにしても、これほどまでに価値観の違いを感じたできごとはそうそうなかったですね。やっぱり世の中って奥が深い・・・・・。でも考えてみれば この話ってツッコミ所満載だよなー。そもそもなぜ歯ブラシをわざわざ車に積み込む?そして口をゆすいだ水はいったいどうした?まさかそのまんま 飲んだんじゃないだろうな?なんか、考えれば考えるほどいろいろ出てくるよなーこれ。