打倒コントラバス!(何じゃそりゃ)

11月21日

 出会いは本当に偶然だった。

”そろそろ新しいエレアコ買おうかなあ”
 ふっと何の伏線もなく唐突にそんなことを考えた仕事中の昼下がりの午後。思い立ったが吉日というやつで、仕事が終わったあと、さっそくぶらりと楽器店に立ち寄ってみた。
 エレキギターやベースといった電子系楽器は地下1階にある。
”オベーションのエレアコで何か安いのが売ってればよいなあ”
なんてことを考えながら階段を降りようとした時、途中の踊り場に展示されてるコントラバスに目がいった。
”ああ、いいなあコントラバス。でも、どんなに安いもの探しても20万以上は絶対するのよねえ”
と全く何も期待せずに値札を眺めたところ、あたしの目に飛び込んできたのはなんと「84000円」の文字。え゛?なん・・・で?

 まじまじと楽器の前にたたずみ、中腰になってじいーっとそのコントラバスを眺めていた。やがておもむろに楽器にさわりはじめるあたし。弦をはじいてみたり、楽器を少し斜めに倒してくまなく眺めてみたり−
きっと、この時のあたしは、はたから見れはただのあやしい人だったに違いない。しかも、無断で勝手にさわるなってのよな(笑)。 それにしても何でこんなに安いの?安かろう悪かろうの見本みたいな代物だったらどうしよう・・・迷いに迷ったあげく、思い切って店員さんを呼んでみた。

「あの〜、これ、中古なんですか?」
「いいえ、新品ですよー」
 ますます、え゛!?どうして?新品でこの値段なんて・・・うさんくさいことこの上ない。
 そんなあたしの胸の内を見透かすかのように、店員さんは
「今あちこちで価格破壊が起きてますけど、楽器も例外じゃないんですよー。このコントラバスは中国で作られた物でしてね、それを輸入したものなんですよー」

 もっともらしい説明である。ふぅん、ユニクロが安いのと一緒か。してみると、あたしが考えてるほどひどいシロモノではないのかも知れん。そして追いかけるように
「今ここにある他にも、68000円の弦バス(念のために。弦バス=コントラバスです)もさっき入荷したんですよー。どちらも楽器本体・弓・松ヤニ・ソフトケース付きでこのお値段です。」
うそー。ますます話がうま過ぎ。
「それに今月いっぱいまでフェア期間ですのでね、商品自体もこのようにお安く提供しますし、消費税はいただきませんよ。よろしかったら両方ともご覧になりませんか?」
それを聞いてグラグラ心が揺れるあたし。
”すげえ。オベーションのエレアコより安いじゃん”

 あれほど欲しくて、でも値段を見るたびにあきらめてきたコントラバス。それがここへきて、ちょっと背伸びをすれば手が届くほどのお値段にまで下がって、あたしに誘いをかけているのだ。

”ここここれは、あたしにコントラバスを買えというサブリミナルメッセージなんだろーか?そうだ、きっとそうに違いない、いや、そうに決まってる、そういうことにしよう”

 自分に都合のいい解釈である(笑)。だが、あたしの買いたいという意思が固まったとしても、クリアしなければならない問題がまだたくさんある。置き場所や、練習するにあたって大きな音を鳴らさざるを得ないことについて親の許可を取っておきたいし、あと、あたしがコントラバスに転向したあとのAFのありかたについても考えなくちゃいけない。物理的にも金銭的にも、シンセサイザー(とその周辺機器)とギターとコントラバスを全部弘前に持って行くのは無理。そうなるとどれかをあきらめなければならないが、たぶんシンセは、弘大FDC関係者の中であたしの抜けた穴を埋められるほど弾ける人はいないはず。そうなると、ギターをあきらめてKばやしくんにギターを全面的にまかせるしかないか(誤解のないように申し上げますが、生演隊では引き続きギターを担当させていただきたく存じます−ムシが良すぎ?)・・・
まあこれについては追い追い考えていくことにしよう。
 そんなわけで、取りあえずお店の人から名刺をもらい、「明日また来ます」と約束していったんその店を出たのであった−


「いいわよ、別に」
がくがくっ!
 まず一発目、
「そんなもの買ってどうするの」
と絶対怒られると思い、ああ言われたらこう言おうって感じで、あたしがいかにコントラバスを一時の思い付きではなく真剣に欲しいかを訴えようと、心の中で想定問答集を作って何回もはんすうして練習してたのに、思いのほかあっさりとした冒頭の母親の台詞に、あたしは思わずズルッといってしまった。

「なん・・・で?うるさいからだめとかって反対しないの?」
「そりゃ確かに、今まであんたが買いためた楽器達の中でも最悪な騒音になるだろうなーとは思ってるけど・・・、でもあんた、歌番とかでコントラバスがアップになったらいつもうれしそうに見てるじゃない」
しっかり見られてたのね・・・
「それにあんた、よくコントラバス欲しいって口にしてたし、今日そういうことを言い出すってことは、もう私が何を言おうと絶対買うんでしょ。
うう、ばれてる・・・
「ほんと、一度やると決めたことは絶対押し通すんだから。そういう頑固なとこって誰に似たのかしら」
そんなん母親似に決まってんじゃん。母は
「こんな偏執狂みたいな娘(あたしのことかい)に似てるなんて言わないでくれ」
って言ってるけど(笑)。

 だが、それでもいちおう”夜の10時以後は音を出さないこと”などといったいくつかの取り決めをし、取りあえず最初の関門はクリアした。だが、それでもあきれたように母は
「どうせ低音楽器買うならバスじゃなくてチェロにすればいいじゃない。そうすれば優雅にソロだって取れるのに」
と、やっぱり”そんなの買ってどうするの”状態なのである−いいぢゃん別に。ソロを取って目立とうと思ってるわけじゃないもん。

 てなこって、あたしはとなりの空き部屋(もとは妹の部屋だったのだが、引っ越して一人暮しをしているので、今はあたしのもろもろ楽器置場と化している)をちょちょっと片付けてコントラバスをお迎えするスペースを作り、虎の子の貯金通帳を通勤バッグに入れて”明日楽器屋行くのが楽しみだなー。早く仕事終わんないかなー”
とウキウキしながら床についたのだった。