ミュージカル女優だった〜その2


 そう、このミュージカルってばワナがあって、題名は「11ぴきのねこ」なんだけど、最終的な登場人物(猫物?)は実は全部で 12人いるんだよね。11ぴきの ネコと、途中から彼らに合流して一緒に旅をするおじいさんネコ。でも、題名が「11ぴきのねこ」になってたら誰だって、登場人物は全部で11人だって思っちゃう よねえ。で、たまたまあたしが隠れてるアングルで写真を撮ったらそれでちょうど11人に見えたので、それが登場人物全員だと思い、新聞に掲載した−


 知ってる人は知ってると思うけど、新聞に載った報道写真て、有料で焼き増ししてもらえるんだよね。そんなわけで、みなさんあたしに気兼ねしつつも道新のフォト サービスに行って焼き増ししてもらい、それを引き延ばして額に入れたりパネルにしたりしていい記念になったようです。でも、あたしはこの時は注文しませんでした。 だってあまりにもショックが大きすぎて。
 ちなみに、そのときの新聞記事がこちらです。

          

       北海道新聞1992(平成4)年1月9日の記事です(北海道新聞許諾D0502S54T11)

 観客が総勢300人・・・・・そんなにいたかなf^_^;で、キャスト・スタッフ合わせて32人だって? そんなにいたっけか(笑)。まあ昔の話だし、記憶もだいぶあやふやになってると言われりゃそれまでだが。
 でもって、ほんとはこの記事の横−ちょうど左下が白く空いているあたり−にその問題の写真があったんだよね(ちなみに一番下の段の縦長の空白には旅館の広告がありました)。 できることならその写真も証拠として一緒に掲載したいところだったのですが、あいにくと、報道写真は基本的にWeb上での転載を禁止されているのだそうです。 ただ、今回の記事のように、記事と一緒に写真がスキャン(今回のこれは、新聞の過去の縮刷版からこの部分をコピーしてそれをスキャナーにかけました)される分には載せるのはかまわない ということなので、そっちにしようかなあと一瞬思ったのですが、それだと8人くらいしか判別できないので、こっちもしぶしぶあきらめました。
 で、そのように多大なる精神的ダメージを受けた新聞記事&写真なんですが、実は最近、今回の特集のためにほぼ10年以上ぶりに道新フォトサービスに連絡を取って 問題の写真を手に入れるべく奔走したんですね。ですがさすがにあちらさんももうネガは保管してないということで、2L版の紙焼き写真として保管してたのをそのまま ダイレクトプリントで焼き増しするという手の込んだ方法でご用立てしてくださったみたいです。お手数かけてすいません道新さん。
 そんなわけで改めてこの写真を検証してみたのですが、よーく見ると足首の他にはダンスシューズと右腕が写っていました。 でもそれだけ。なんだい、あたしがわざわざ高い金を払ってまでしたのは結局あのときの悔しさを追体験することだったのか畜生(笑)。


 そんなわけであたしの中では、高校時代に演劇部にいたという経歴はなかったことになっている。





 いや、なっていた。
この前、演劇部時代の後輩の結婚式にお招(よ)ばれするまでは。


 それまでは年賀状のやり取りくらいしかなくて、高校卒業以後は1度も会っていなかった2つ後輩のナズナちゃん。彼女がこのたびめでたくご結婚なさることになり、 あたしのところに案内状が来たのだ。それを見て
”10年以上経つのかあ、なつかしいなあ”
と思い、だがその一方でこの”新聞事件”を思い出して
”どうしよう。出るのやめようかな”
と一瞬はためらった。でも結局は
”個人的な感情はちょっと別にして、義理事には何をおいても顔を出さなきゃ”
と自分の中で結論を出してひとまず出席の返事をし、当日は複雑な思いを胸にしまいながら会場に向かったのであった。そして、あたしと同様結婚式に招かれていた 演劇部の他のみんなや顧問の先生と顔をあわせ、この日久しぶりに再会を果たしたのである−
「ネーブルちゃん久しぶりー。元気だった?」
「今東京に住んでるんだって?れんげちゃん。」
「サルサ君もぜんぜん変わってないねー。」
会うなり挨拶もそこそこに当時のニックネームで呼び合い、チャペルの外のエントランスでみんな大はしゃぎ。そして披露宴ではあたし達は全員同じテーブルについたため、 あの時はあーだったこーだったと盛り上がり、おしゃべりの輪は途切れることがありませんでした。

 ちなみにここでちょっと脱線。この日の主役がもちろん新郎新婦なのは言うまでもないが、その影で5等星くらいの光を放って輝いているもう一方の主役があたし達のテーブルにいた−
「センセ半年ほど前についに結婚したんですって?」
「なんか10以上年下だって話を聞きましたけど。」
「おうよ、16歳年下よ。40代の俺が20代の花嫁だぜへへへ。結婚はいいぞお〜。今世界で一番幸せなのは俺だって自信あるもん。」

 そう、あたしらは高校生当時、結婚どころか浮いた話ひとつない顧問の先生に親しみ半分、おふざけ半分で
「センセいつまで”独身貴族”気取ってるつもりなんですか。」
「男にだって賞味期限はありますよー。」

などとさんざん言いたい放題やっていたのだが、その先生がついに最近ご結婚なされたとのことなので話を振ってみたらまーこのありさま。 それこそ下がった目尻と上がった口角がドッギングするんじゃないかってくらいにニコニコデレデレ。へーへー勝手にやっててくださいなって感じ(笑)。


 そうやって楽しく談笑しているうちにあたしは、はるか昔、自分の写真が新聞に載らなかったことなど些細なできごとのように思えてきた。
 10年以上昔、同じ時を一緒に過ごして同じ喜びを分かち合えた、それでいいじゃないかと、そんな気がしてきたのだ。
 それに何よりも、ここまであたしは正規の部員として活動してきたように書いてきたが、実はあたしは高校卒業まで結局正式な演劇部員名簿に名前が 載ることはなかった。諸々の事情があってね。
 それでもあたしのことを忘れず、節目の時にはこうして声をかけてくれた。このことはあたしにとってとても大きな喜びだった。
 あたしが高校時代正式に籍を置いて部長まで務めた部は在学中につぶれてしまって今はもう存在しておらず、したがってそこでの人間関係もほとんど切れてしまって 残っていない。けれど、部員として籍を置かないまま出入りしてた演劇部は今でもこうして人間関係が続いてる。部員じゃないから責任を負わされることもなく、 従って部長や書記といった責任ある立場を任されることもない。それなのに口だけは出しまくり、気が向いた時にぽっと現れておいしい所を持っていく、言ってみれば 「”逆”幽霊部員」なあたしをいやがりもせず部員同然に扱い、そして皆が顔を合わせるときには誘ってくれる。そんな仲間がいるあたしははなんて恵まれて いるのだろうと思った。
 そんなこんなで、会場に着いた当初はさまざまな思いにとらわれていましたが、披露宴が終わって2次会に向かう頃にはすっかり自分の気持ちに決着をつけ、さわやかに満足 したのでありました。

 ちなみに去年の年末も、全国各地に散り散りになったみんなが札幌に帰ってくるってんで飲み会の席が持たれ、あたしもそこにお呼ばれされてこれまた 楽しいひと時を過ごしました−


 みんなありがと。ほんとに。


 ちなみに、今更なんですがあたし、この結婚式に列席することで初めて本名を知った人が何人もいました。例えば今回の再会劇のキーパーソンだった新婦のナズナちゃん。 彼女の本名は「美雅子」なのですが、あたしはこれをずっと”ミカコ”と思っていました。ですがこれ、実は”ミサコ”が正しい読み方だったんです。神父さんや司会者が
「新婦のミサコさんは」
などと話すのを聞くたび
”おっかしいなあ、変だなあ”
と違和感を感じていたのですが、何のことはない。変なのはあたしの方だった(笑)。
 同様に、ナズナちゃんの同期でやはりニックネーム”ネーブル”ちゃんの本名は「愛子」なのですが、これも”アイコ”ではなく”カナコ”が正しい名前でした。 わかんないってそんなん!(笑)でも、そんなこと言ったらあたしの本名だってあの頃の演劇部内で正しく読めてる人が果たしてどれくらいいたやら。それに人の名前って 見慣れた字でも意外な読み方をする時があるからなー。字だけ見て
”こう読むに違いない”
って判断しちゃだめよね。

 それにしても、知り合ってから10年あまり。その間本名の正しい読み方を全く知らなかったってのはいったいどういう付き合いなんだ。まあ、この業界は本名を知らなくても ニックネームさえ覚えてればそれでどうにかなってしまう所だからそういうことが起こるんだろうけどさ。でもちょっとあんまりだよねえ・・・・・

恐るべし。高校演劇界。