ミュージカル女優だった


今から10年以上前、あたしは「ミュージカル女優」でした−


 っつっても、ハリウッドに行って本格的に修行を積んだとかそんなんじゃないよ、当たり前だけどf^_^;高2の秋くらいから助っ人として演劇部に入りまして、 そこでミュージカルをやったわけです。そんなわけで今回は高校時代のあたしの切なくもホロ苦い思い出を語ってみたいと思います。ちなみに今回も文中に 登場する人物名はすべて仮のものです−

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 と言っても、最初は女優だったわけではなくて、ミュージカル内で歌われる曲の伴奏をテープに録音したいからギターやってくれってことで演劇部から 依頼を受けただけだったから、当初は裏方からのスタートだったんだよね。なんだけど人数が足りないやら何やらの事情でいつの間にか出演する側になっちゃった。
 まあ、そんなわけでよくわかんないうちにあたしは「ミュージカル女優」としての活動を開始いたしましたわけなんでございますが、ここで1つ注釈。


 高校演劇界には妙な伝統があって、部員には本名と全然関係ないニックネームが与えられてお互いそれで呼び合うという風習がございます (全国的に見るとそうじゃないところもあるかもしれないが、少なくとも札幌市内の高校はそうだった)。
 で、例えばその代全員で「カペラ」「シーマ」とかって車の名前シリーズにしてたり、菅原くんだから「ぶんた」山下くんだから「きすけ」とかって有名人シリーズに してたりね。・・・って、本名と全然関係ない名前とか言ったけど、あるのもあるねこうしてみると(笑)。あ、あとギャグ系としては「クロワッサン」とか「太田胃散」 みたいに最後に「さん」のつく名詞シリーズにしてる学校があったな。”これなら呼び捨てにしても「さん」づけだから失礼じゃないぞ”というのがその理由らしい。
 ちなみにうちの高校は、なんとなく似てるから「ペコ(もちろん不二家のね)」とか開業医の娘だから「お嬢」とか、そんな感じ。
 というわけであたしも早速「げきぶネーム」を与えられ、演劇部の一員となりました・・・・


 え?名前ですか?それは秘密です。だって照れくさいもん(笑)。けど、当時組んでたバンドの名前から来てます。「レベッカ」とか「ソフィア」系の外国の女の子の 名前なんですけどね。でも、長過ぎるからってんで縮めて呼ばれてました。何が何だかわかりませんねこんな説明じゃ。まあそれはいいとして−


 だけど、参加するに至ったいきさつがいきさつなわけだから、当然あたしはその後えらい苦労することになりました。具体的に言うと
”声が小さい”
”動きがトロい”
”演技がヘタ”

 まあそれも無理からぬ話で、正部員のみんなは毎日発声練習したり柔軟体操したりジョギングしたりで鍛えてるのに、あたしはそうじゃないんだもの。”サドンテスジョギング” とか”猫の動きを取り入れた基礎ステップ&ダンスの耐久練習”とかで一番最初にヘタばるのは必ずあたしだったし、あと、発声練習で
あたし「あめんぼあかいなあいうえお−」
センセ「聞こえねーぞー。もういっかーい」
あたし「あめんぼ−!」
センセ「喉でがなりたてないの!腹から声を出す!」
 腹式呼吸は随分練習させられたなあ。そして、そんな感じで人より万事一歩遅れがちだったあたしを見るに見かねたのか、みんなから”腹式呼吸を手っ取り早く身につけたいならこれ” と薦められたのが、床に仰向けになって寝て歌を歌うこと。それからあたしは毎日、家に帰ってから自分の部屋でお気に入りのCDに合わせて 仰向けになって歌を歌う練習をしたのだが、果たして効果のほどはどうだったのだろうか?自分じゃよくわからんf^_^;
 あと、演技面で言えば劇中で
”最初は笑いを噛み殺してるんだけどそのうち耐え切れなくなって吹き出してしまう”
というシーンがあったんだけど上手くできなくて苦労したりもしましたね。

 でも、苦労していたのはあたしだけではありませんでした−

 ところで、肝心のミュージカルなんですが、タイトルは「11ぴきのねこ」。お腹をすかせた11匹の猫たちがユートピアを求めて旅に出る、といった内容です。 脚本は井上ひさし。プロの劇団でも時々上演されているので、もしかしたら知ってる人もいるかもしれませんね。で、この時に上演したミュージカルなんですが、 実はウチの高校だけではなく、別の高校の演劇部と二校合同でやったんですね。何かうちの高校の後輩で看板女優だった子と、その高校の演劇部でやはりいつも 主役を張る女の子が中学時代同級生で、たまたまその秋の高文連の演劇大会で顔を合わせたことから二校合同でミュージカルを上演しよう、という話が出たらしい。
 で、この構想は実現し、練習場所は主に相手方の高校の合宿所を使うということで早速顔合わせ&台本(ほん)読みが始まったわけなんですが、ここで問題がひとつ。
 実は相手方の高校はウチからはめちゃくちゃ遠くて、とても歩いて行けないような距離のところにあるんですね。車で行っても最短で20分。公共の交通機関を使って 行こうとしたら
バス→地下鉄→バス
と乗り継いで行かなければならないのでさらに時間がかかってしまうし、運賃も片道400円以上になります。で、練習は週に3、4回のペースで行われていたわけ ですから公共の交通機関でその高校まで行ってたら時間のロスなことおびただしいし、また、当時高校生の私達には週に3、4度も400円を払うような金銭的余裕は ありません。というわけで移動は もっぱら顧問の先生の車でした。といっても、先生の車だってごく普通のセダンだからそんな大きいわけじゃないし、ワゴン車みたいに何人も乗るというわけには いかない。一方で、演劇部員で今回の合同公演プロジェクトに参加するのは全部で7人。これを全員車に乗せて相手方の高校まで行くというのは、ある意味とても チャレンジャーでデンヂャラス。当然ながら、練習に行くそのつどスペクタクルな光景が展開されました。定員外乗車なんてもう当たり前。 助手席に2人、後部座席に4人乗ってその4人の膝の上に1人が横になって寝るとか、 後ろのトランクに男子部員が入るとかが日常的に行われていたものです。
 そしてまた、そういう状況のときに限ってゴキゲンなできごとがいろいろ起こるんだよね。ある時は警察が検問をやっていて、ふと先生が
「おいお前ら、ちょっと伏せとけ。警察にバレると困るから。」
と言い出し、それを聞いてあたし達生徒陣は
「ムリですよ〜先生。この状況でどうやって身をかがめるんですか!?」
なんてやり取りを繰り広げ、で、結局しょうがないから取りあえずは申し訳程度に背を丸めたままイチかバチかで警察の前を走り抜けてみようということになり、 どきどきしつつそれでも何食わぬ顔で通ってみたらお咎めナシだったのでほっと胸をなでおろしたり、またある時は、ガソリンが足りなくなったからということで スタンドに寄ったのだが、スタンドのお兄ちゃんの驚いた顔もさることながら、先生の
「すいません、レギュラー1リットルお願いします。」
にはさすがにあたし達もあぜんとさせられました。
 で、スタンドを出た後、
「センセ、どうせ入れるならせめて5とか10にしましょうよ〜。」
「そんなこと言われたってこっちだって給料前だから金ないんだよ〜。」
「なんで独り者なのに金ないんですかセンセ。」
「いーだろ別にそれは。それに、7人も乗せてるから重くて燃費が悪くて、それで予想外にガソリン代が飛んでいくんだよな〜。こっちの苦労もわかってよ。」

 このように、他のみんなや顧問の先生にも多々負担のかかった二校合同公演プロジェクトなのでした−

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 前フリが長いですね。そろそろ本題に入りましょう。で、この演劇部で一体何が切なくてホロ苦かったのかというと。


 もちろんこんなことはそう滅多にあることではないので、実はミュージカル上演当日、北海道新聞(以下道新と略)が取材に来たんです。
それで本番数日前、
「当日は道新が取材に来るからねー。明日の新聞には載るからしっかり舞台をつとめるんだよー。」
などと顧問の先生から言われ、みんな大喜び。そして重ねて先生は
「新聞が来ても恥ずかしくないくらいたくさん家族や友達を連れてきてね。」
てなわけで他の人は当日家族友人その他を大勢呼んで大張り切り。そこであたしもさっそく・・・・といきたかったところなのだが、実は当時家族にはあたしがミュージカルに 関わっていることを内緒にしていたため、あいにくと家族は呼べない。そのかわりと言っちゃ何だが当時付き合っていた彼氏を呼んだし、まあいいでしょうはっはっは(爆)。
 というわけで、みんなそれぞれの想いを胸に抱き、それをステージ本番で思う存分ぶつけて
「ミュージカル俳優」
または
「ミュージカル女優」
を精一杯努めおおせたのでありました。


 で、翌日。
 普段は滅法朝に弱いあたしが午前4時とかの暗いうちから起き出し、テレビのスイッチを入れて一人茶の間で時間をつぶしながら、今か今かと新聞が届くのを待っていた。
そして−
”バサッッ”
来た来た来たあああっ。
 弾かれたように立ち上がって郵便受けに飛び付いて新聞を手にすると、茶の間に戻るのももどかしくページを開きました。
”おー、載ってる載ってる”
結構大きな写真に800字くらいの記事が。
”さーて、あたしはどこかなー?”
ですが−
”あれ!?あたしどこ!?”
どこにも写ってません。
 このミュージカルではあたしはほとんど出ずっぱりのはずなのに(セリフは少なかったですけどね)なんで写ってないの?
 この写真から推察しても間違いなくあたしの出ている場面のはずなのだが−
 それでよーく見てみると、やっぱり写ってました。ただし足首だけ

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「いやーなつきちゃん(演劇部内だから当然本名では呼ばれていないのだが、めんどくさいから本名で通します)よりによってあのアングルで撮られちゃうなんて ねえー。」
「運が悪いとしか言いようがないよなあ。」
「まあでも、写真を撮影する時にいちいち”登場人物は全部で何人ですか?”なんて確認なんかしませんからねえ。」