シービスケット あるアメリカ競走馬の伝説

ローラ・ヒレンブランド著 (巧みな語り口と波乱万丈の展開にハラハラしっぱなしです)


世界を席巻した大恐慌にも終わりが見え、戦争の足音が密かに忍び寄りつつあった1938年、アメリカ。
この年の新聞紙面をルーズヴェルト大統領、ヒットラー、ムッソリーニを押さえて最も飾ったのは「シービスケット」という日本人にはなじみのないある競走馬でした。
この本はそんな「シービスケット」とその周りの人物達の栄光と挫折を描いたノンフィクションです。


血統に恵まれながらも競走馬向きでない気性のため、最底辺のレースでぱっとしない成績をあげ続けるだけだった競走馬 シービスケット。
裸一貫からアメリカ西部を代表する自動車ディーラーに上り詰めながらも、自動車事故で息子を亡くし事業への熱意を失った馬主 チャールズ・ハワード。
急速に自動車化される時代からは既に必要とされなくなった馬への深い理解を、その寡黙な人柄の中に秘めた調教師 トム・スミス。
卓越した腕を持ちながらも右目の失明によって華やかなスター街道から転落し、極貧にあえぐジョッキー レッド・ポラード。

彼ら3人と1頭が出会い、お互いの真価を認め合うことによって栄光を手にし、挫折し、そこから立ち直る様をまるで小説のごとき非常に巧みな筆致(と上手な翻訳)で書き出しています。
シービスケットがスミスの調教とポラードの騎乗によって本物の競走馬に生まれ変わり、連戦連勝を重ねるくだりはこちらまで胸のすく思いがしてくるようでした。

そんなシービスケット陣営の悲願は、(当時)世界最高額の賞金を誇る"サンタアニタ・ハンデ"を制することとアメリカ3冠馬であり東部最強の競走馬と目されるウォーアドミラルに勝利すること。
数々の障害をのりこえてこれら最終目標を制するまでの波乱万丈っぷりはとてもノンフィクションとは思えません。
そしてそれを彩る非常にスピード感あふれるレースシーンの記述は、競馬について全く知識を持っていない俺ですら手に汗握らせてくれました。

序盤登場する人物についていちいち生い立ちからその人となりを解説するので少々冗長になって時系列がわかりづらくなってしまっているという欠点はありますが、中盤のシービスケットが競走馬として目覚めてからの展開は全てを補って余りあるものがあります。
なによりこれが「実話」であることの重みは何物にも代えがたいかと。

まさに帯の「馬と人とのドラマ」の言葉がふさわしいノンフィクションでした。

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