電撃戦という幻

カール=ハインツ・フリーザー著
(世の中一般の”電撃戦”というものに対する見方を真っ向から覆してくれます)

「電撃戦」とは一体なんでしょうか。

世の中一般に言われている限りでは、「装甲兵器と航空機を集中投入する事により速攻と奇襲によって敵部隊を混乱に陥れ、 その隙に敵中深くまで一気に突進、敵軍を一挙に包囲撃滅する戦法」といったところでしょうか。
そしてそれが実際に行われた好例としてよく上げられるのが第2次世界大戦中のドイツのポーランド侵攻とフランス侵攻でしょう。

この本はそのうちのドイツによるフランス侵攻についての研究書です。

「電撃戦はヒトラーの天才的発想の賜物であり、それを具体的な形に作り上げたのがドイツ参謀本部の軍人達だった」
「ドイツは連合軍を圧倒する膨大な兵力でもってフランスに侵攻した」
「ヒトラーは最初から電撃戦でもって短期間でフランスを屈服させるつもりだった」
というフランス電撃戦についての常識を、丹念に事実を積み重ねる事によって覆していく様は派手さはないものの読み応えがあります。

著者は、快速部隊を集中させる事によって敵前線の弱点をを突破し、後方から包囲撃滅するという電撃戦の戦術は、 第1次世界大戦の塹壕戦によって軍事戦略から追いやられたそれ以前の運動戦の概念を復活させただけであり、なんら 目新しいものではないと説きます。
連合軍を圧倒する巨大な兵力でもってフランスに押し入ったドイツ軍、というのは戦後に宣伝によって形作られた幻想であり、 実際の展開兵力から言うとむしろドイツ軍のほうが劣勢であったくらいでした。
また、ドイツの戦争準備の状況を見ると、決して「一気にかたをつける戦争」ではなく、第一次世界大戦式の塹壕戦、すなわち 「撃った砲弾の多い方が勝つ戦争」を行うつもりであったのが見て取れます。

そんなふうに準備された戦争が、グデーリアン、マンシュタインといった装甲部隊に造詣の深い高級将校たちの構想、ドイツ軍と対する フランス軍の硬直した作戦指導、下級指揮官に幅広い裁量の自由を与えるドイツ軍の伝統などによって”電撃戦”に変化していくさまが 中盤では生き生きと語られています。

そしてエピローグで語られる結論。
”電撃戦”は確かに軍事作戦のレベルでは革命的であったが、その成功に囚われ工業力が全てを決する総力戦の時代において 時代錯誤的な純軍事的思考法から脱する事ができなかったことが逆にドイツ軍の敗因となった、という著者の意見は俺程度では 是非をどうこう言えるものではないですが、なかなか考えさせられるものでした。

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