『風の洋服屋』は長蛇(ちょうだ)の列(れつ)です。キツネさんとたぬぼうもそれに加(くわ)わりました。一体(いったい)どんな奴(やつ)がどんなものを売(う)っているのか、ウサギさんの説明(せつめい)ではいまいちピンとこなかったキツネさんは、実物(じつぶつ)を見(み)てけちょんけちょんに悪口(わるぐち)を言(い)ってやろうと考(かんが)えていました。

 かぜ    の    よう      ふく     や

 『風の洋服屋』は以前(いぜん)よりもたくさんお客が来るようになりました。それはとなりにキツネさんとたぬぼうのアイスキャンディー屋ができたからです。なぜアイスキャンディーかといいますと、暖かい南風でできた洋服を着た生き物たちは、冷たいものをほしがるからなんです。だから冬はアイスキャンディー屋、そしてやきいも屋は夏に開くことにしました。それから少しばかり、キツネさんはたぬぼうに優(やさ)しくなったということです。
「ん?ここはどこだ?」
キツネさんは目を覚(さ)ましました。どうやら飛ばされている間中(あいだじゅう)、気を失(うしな)っていたようです。となりにはたぬぼうが倒(たお)れています。
「おい、たぬぼう、起(お)きてみろ」
 キツネさんに揺(ゆ)すられ、たぬぼうの目も覚めました。ふたりはふわふわとした真っ白(まっしろ)なものの上にいます。キツネさんははっとした顔で言いました。
「もしかしてここは天国(てんごく)か?」
「まさかあ、キツネさんが天国にのぼれるはずないよ」
 ゴチン!キツネさんは手をグーにしてたぬぼうにげんこつをしました。たぬぼうは痛(いた)そうに頭をさすっています。ふたりは恐る恐る(おそるおそる)立ってみました。地面(じめん)はふわふわしているので、バランスを崩(くず)して倒れそうです。遠くに山々(やまやま)の景色(けしき)が広がり、どんどこ森のシンボルでもある大きな桜(さくら)の木がはるか下に見えます。
「雲(くも)の上・・・・・・」  
 ふたりは顔を見合(みあ)わせ、抱(だ)きあいながらその場(ば)にしゃがみこんでしまいました。そしてどうしたらよいのかわからず、お互(たが)いの目から大粒(おおつぶ)の涙(なみだ)があふれてきました。涙は雲の上へと流れ落ち、わたがしのようにやわらかな雲を溶(と)かしはじめました。すると雲は少(すこ)しずつ小(ちい)さくなり、ゆっくりとおりはじめ、ついにはどんどこ公園にふわっとと着地(ちゃくち)しました。森のみんなが集(あつ)まってきましたが、しばらくふたりは気づかずに抱き合ったまま泣いていました。
 ビュー、ビュービュービュービュー。冬用(ふゆよう)の服からは暖かい南風が、また夏用(なつよう)にとしまっておいた服からは冷たい北風(きたかぜ)が吹き出します。大変(たいへん)です、店にあったすべての服から風が吹き出したものだから、まるで竜巻(たつまき)の中にいるようです。店のドアが勝手(かって)にバタンと開(あ)き、そこからキツネさんとたぬぼうは遠(とお)くへ飛(と)ばされてしまいました。
「ギョエー、助(たす)けてくれー!」
「これは大変(たいへん)だ」
 キツツキさんもすぐにふたりのあとを追(お)いかけ、バタバタと翼(つばさ)を広(ひろ)げて飛び立(とびた)ちましたが、すぐに見失(みうしな)ってしまいました。

「やい、店の服を全部(ぜんぶ)売りやがれ!」
 キツネさんは怒(いか)りで顔が真っ赤(まっか)です。今にも頭からゆげが出てきそう。キツツキさんは目をぱちくり。
「全部買っていったいどうするんですか?」
 キツネさんはニヤッとして答(こた)えました。
「こうすればみんなは風の洋服が買えなくなる。するとまたおいらたちのやきいも屋がもうかるってことさ」
「ほう、あなたがたはやきいも屋だったのですか。それならどうです、わたくしの洋服屋と、あなたがたのやきいも屋が共(とも)にもうかる方法(ほうほう)を一緒(いっしょ)に考(かんが)えませんか?」
「それはいい、ねえキツネさん、ぜひそうしようよ」
 たぬぼうは目を輝(かがや)かせて言いました。
「バカヤロー!だめだ。さあ早(はや)く服を全部持って来い!」
 キツネさんは全然聞(ぜんぜんき)こうとしません。
キツツキさんはしぶしぶ店の奥(おく)からありったけの洋服を抱(かか)えてきました。目には見えませんがずいぶんたくさんあるようで、よいしょよいしょと言っています。
「さあ、これで全部です。売るものが無くなってしまったのでわたくしはいったん店を閉(し)めますが、もし考えが変(か)わったらまたいらして下さい」
 キツネさんは腕(うで)を組(く)みながらたぬぼうに言いました。
「さあたぬぼう帰(かえ)るぞ、服を受(う)け取(と)れ」
「え、ぼくが全部持つの?」
「あたりまえだろうが。もたもたすんなよ」
 たぬぼうは洋服をしぶしぶ受け取ろうとしました。ところがそのひょうしに、きれいに折(お)りたたんであった洋服が少(すこ)し乱(みだ)れてしまったのか、風がビューッと流れ出て、そのせいで他(ほか)の服たちからも風が吹(ふ)き出しました。
「おやキツネさん、やきいも屋(や)はやめたのかい?まあしかたないわねえ、この店(みせ)ができたんじゃああなたの店はもうやっていけないでしょうからね」
 前(まえ)に並(なら)んでいるりすさんが言いました。キツネさんはふんと横(よこ)を向(む)き、今(いま)に見てろよ、こんな店つぶしてやるからなと思(おも)いました。だいぶ時間(じかん)がたって、いよいよキツネさんたちの番(ばん)になりました。店を開(ひら)いているのはキツツキさんです。
「いらっしゃいませ、少々(しょうしょう)お待(ま)ちください」
 こう言うとキツツキさんは店の奥(おく)からなにやら持(も)ってきたようです。とはいえ目には見えません。
「さあさあこれを着(き)てみてください。すぐに体(からだ)が暖(あたた)まりますよ」
「ハ?お前(まえ)さん何(なに)を言ってるんでい、何も無(な)いじゃねえか!」
「いいからいいから」
 キツツキさんはキツネさんの背中(せなか)にまわるとごそごそなにやら始(はじ)めました。
「ほらぴったりだ!」
 キツツキさんはうれしそうに言いました。しかし見た目にはキツネさんのかっこうは何も変(か)わっていません。
なんだかからかわれているような気(き)がして文句(もんく)を言おうとしたその時(とき)です。体(からだ)の中(なか)をグォーと暖(あたた)かい風(かぜ)が流(なが)れ始(はじ)めました。寒(さむ)さでカタカタ震(ふる)えていた肩(かた)がぴたりと止(と)まり、お風呂(ふろ)の中にいるような気持ち良さ(きもちよさ)に包(つつ)まれていきました。次(つぎ)にキツツキさんはたぬぼうにも暖かい南風(みなみかぜ)で作(つく)った服(ふく)を着(き)せてやりました。
「わー、あったかーい」
 たぬぼうは目をトロンとさせ、幸(しあわ)せそうな顔(かお)をしています。そんなたぬぼうを見てキツネさんはだんだん腹(はら)がたってきました。
 と、突然(とつぜん)その目(め)がピタッと止(と)まりました。むこうからウサギさんがピョンピョンとやってきたからです。
「ほらたぬぼう、一人目(ひとりめ)のお客(きゃく)さんだぞ!」
キツネさんはニカッと真っ白(まっしろ)い歯(は)を見(み)せてウサギさんに声(こえ)をかけました。
「いらっしゃいませー。ほっくほくのおいしいおいもですよー。これを食(た)べれば体(からだ)も心(こころ)もほっくほく」
 ウサギさんと目(め)があうと、キュッとウインクのサービスもしました。しかしウサギさんは立(た)ち止(ど)まると言(い)いました。
「ごめんなさいね、わたしはもうすでにほっくほくなの」
 え?とキツネさんは驚(おどろ)きました。
「なんでほっくほくなんですかい?」
「あそこの角(かど)を曲(ま)がったところに『風の洋服屋』(かぜのようふくや)さんがオープンしてね、そこで買(か)った服(ふく)を着(き)ているからなのよ」
 キツネさんは目をぱちくり。
「な、なんですかい、その『風の洋服屋』ってのは?」
「冬(ふゆ)には南風(みなみかぜ)で作(つく)った暖(あたた)かい服(ふく)を、夏(なつ)には北風(きたかぜ)で作った涼(すず)しい服を売(う)っているところよ。ぜひ行(い)ってみるといいわ!それじゃあね」
 うさぎさんはピョンピョンと行ってしまいました。
「おいたぬぼう、急(いそ)いで店(みせ)を片付(かたづ)けろ、これからそのなんとかっていう店に向かうぞ!」
「はーい」
 ピーヒュルルルルー。冷(つめ)たい北風(きたかぜ)がどんどこ森(もり)に
も冬(ふゆ)を運(はこ)んできました。
「よっしゃ!おいらたちの季節(きせつ)がやってきたぞ。ほらたぬぼう、もた
もたすんねい!」
 勢(いきお)いよく三角顔(さんかくがお)のキツネさんが寒(さむ)い森の
中(なか)へ飛(と)び出(だ)しました。そのあとをまる顔(がお)のタヌキの
たぬぼうが、もくもくゆげの出ているリアカーを引(ひ)きながら、ゆっくらゆっ
くらついてゆきます。
「ねえキツネさん、今日(きょう)は寒(さむ)いから明日(あした)からにしようよ」
 たぬぼうがのんびりと言(い)いました。
「ばっきゃろー!今日始(はじ)めねえでいつ始めんでい」
キツネさんはまゆをピンとつり上げ、たぬぼうをにらみつけます。リヤカーは
どんどこ公園(こうえん)まで運ばれました。
「よしついた、さっそく始めるぞ。やーきいもー、あったかいやきいもはいらん
かねえ」

 冬(ふゆ)になるとふたりはどんどこ公園(こうえん)でやきいも屋(や)を開(ひら)きます。いつもの年(とし)なら森(もり)の生き物(いきもの)たちは待(ま)ってましたとばかりに暖(あたた)かいかっこうをして集(あつ)まってきます。ところが今年(ことし)はどうしたことでしょう、だれひとりやってくるものはありません。
「キツネさん、やっぱり今日(きょう)は寒(さむ)いからだれもこないんだよう」
 たぬぼうは両手(りょうて)をこすりあわせ、肩(かた)をぷるぷる震(ふる)わせながら言(い)いました。
「そんなはずないだろう!去年(きょねん)のあの大雪(おおゆき)の日(ひ)だってたくさんお客(きゃく)は来(き)たじゃねえか」
 キツネさんは強気(つよき)に言いましたが、やはり不安(ふあん)なようで、目(め)をキョロキョロとさせています。
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風の洋服屋