旅のノート(1)

何故わざわざ”雨期に?”
余談です。
ナスカ地方は別にして、3・4月のペルーの山岳地帯は雨期の最中です。だいぶん躊躇をしていたのですが、旅行社の人の「雨期と言っても、日本の様に1日中降り続くことはありません。ザーッ と降って、サッと上がります。それに霧のマチュピチュも中々いい物ですよ。それを見たさに、わざわざこの季節を選ばれる方も有る位です。」こんな甘言に乗せられて,
ついつい参加してしまいました。でも際どい所でした。
マチュピチュでは「天気に恵まれてよかった、良かった」所が、見学が終わった途端にザーとやってきました。翌日も朝から雨。マチュピチュは、霧よりもっと濃い雲の中でした。でも垣間見たワイナピチュは凄かった。
私達は3月22日にクスコに戻ったのですが、その二日後の24日には土砂崩れで電車がストップし、観光客が閉じ込められてしまいました。やれやれです。行いの良い方が、沢山居てくださったお陰でしょう。感謝々々です。其の後4月11日にも、土砂崩れがあったみたいです。その時は、ビデオ撮影の為現地入りしていた”トレド大統”も閉じ込められたようです。

霧のマチュピチュはともかく、私が雨期を選んだ理由は二つ有ります。
一つ目はインカ文明の事を知った時から「何故あんな高い所に文明が?」と、不思議で仕方が有りませんでした。私の知っている、3000mから4000mの高い所は”岩と瓦礫ばかり、わずかばかりの砂地にへばり付くようにして高山植物が生えている”そんな不毛の地です。TVの番組でも”カラカラに乾いた大地に、棒の先で穴を開けてジャガイモを植付けている。”そんな風景が映し出されています。おまけに空気が薄くて”高山病になる世界”です。その程度の知識ですから、不思議で仕方が無かったのです。この目でその世界を見てみたい。そのためには少しでも植物が生育する雨期が良かろうと思って、この時期を選んだのです。
クスコからウルバンバへ向かう時、私の持っていた高度計は3800mを越えていました。その時に私が見た風景は、私の想像していた物とは遥かにかけ離れていました。緩やかに広がる斜面には、麦が青々と育ち穂をつけていました。ジャガイモが白や紫色の花を咲かせて収穫を待っていました。ソラマメがもう鞘を膨らませていました。あちらこちらには、ユーカリの木が高々と繁っていました。どれを取っても、信じられない光景でした。北海道の富良野辺りの風景のように思えました。
昨日まで見ていた海岸地帯の砂漠とは、なんと違う事でしょう。
クスコからチチカカ湖への道中で見た、麦畑やトウモロコシ畑、それにアルパカの放牧の風景も驚きでした。不毛の地ではなく、こんなにも豊かな土地だったのです ね。どうやら私の疑問には回答が出たようでした。
二つ目は、花です。
これまで出かけていたトレッキングは、乾期でした。「歩こう、登ろう、山を眺めよう」ですから当然です。でもそのために、花々は盛りを過ぎて殆ど見ることが出来ませんでした。花が好きな私にとっては、なんとも寂しい限りでした。今回のマチュピチュ辺りは、2000m〜2400mの高さに有るとはいえ緯度で見 れば南緯13度。おまけにアマゾンの源流であるウルバンバ川が流れている。僅かだが、インカ道も歩けそうだ。これは絶好の”フラワーウオッチングのフィールド”です。よしそれなら”雨期を狙え”と成ったのです。
後でめぼしい物をお見せしますが、花の多さには感激しました。小雨が降り薄暗くなったウルバンバ川の辺を1時間半ほど(物凄い水量でした)、山上では、小雨の中をインティプンクまでゆっくり歩いて往復しました。これだけの間で、実に57種類の花に会うことが出来ました。この他の場所でも17種
類、合わせて74種類にも上りました。


どうやら幸運にも恵まれた今回の「雨期の旅」は、私の疑問解消と、フラワーウオッチングにとっては正解だったようです。
 

背景は、チャンカイ文明時代の綿とウールで出来た織物の模様。